逃げるは恥だが役に立つ

開催日
2017年5月6日(土曜日)
開催場所
三重県文化会館 中ホール

5月6日に漫画「逃げるは恥だが役に立つ」(以下『逃げ恥』)作者海野つなみさんとTBSプロデューサー那須田淳さんによるトークセッションを開催しました!
前半では、作品の生まれたきっかけやドラマのキャスティングの理由、そして大ヒットしたことへの想いなどを語っていただきました。
ここでは作品中の名言やテーマについて、お伺いしていった後半のお話しをお届けします。

Qみくりと平匡の『仕事としての契約結婚』は、世の中に衝撃を与えたと思いますが、このような夫婦の在り方を作品で描いていこうと思ったのはなぜでしょう。

海野つなみさん(以下、海野):

契約結婚をテーマにする以上は、仕事と結婚の二つの話だと思っていました。なのでこの二つについて入れられることは全部入れようと思っていました。『逃げ恥』は「仕事」の作品なので、みくりちゃんの恋愛が成就して終わるというのではなく、「仕事」が成功して終わるようにしようと考えていました。

那須田淳さん(以下、那須田):

ラブストーリーは、出会う→うまくいかない→最後に結ばれるor結婚、という基本パターンがあるのですが、そういったパターン化されたラブストーリーはだんだん作りづらくなってきています。この作品は出会っていきなり結婚というものなので、同じ屋根の下で早々からムズキュンが展開され1話から面白さのピークがある設定だったなと思います。それに契約結婚という設定のため、二人がよく話し合います。最後に行き着く先は「雇用関係」ではなくて「共同経営責任者」というのは、本来であれば夫婦できちんと話し合えば早々に行き着く考えなんでしょうけれど、仲の良い夫婦であればあるほど語り合うことを後回しにしがちなことです。ドラマで家事のことなど真剣に話し合う姿を映したのはよかったし、そういうシーンをご夫婦で一緒に見るというシチュエーションをお茶の間に作ることができたことも意味があったのではないかなと感じています。語り合わずとも、一緒に観ていることで、そういうテーマを家族で共有できるわけですから。家事にしても仕事にしても、これまで後回しにしがちなテーマを二人が丁寧に話し合う。その姿が見ていて楽しい、というのが作品を受け入れていただけたところなのかなと思っています。

Qみくりは「小賢しい女」を気にしていたり、百合は「誰からも選ばれない人生ってつらいわよ」と感じていたり、そして周りに壁をつくっていた平匡など、それぞれの人物が悩みを持っていて、キャラクターの自尊感情や自分自身を守るための自意識の壁が漫画の中で重要な意味を持ったものとして描かれていますね。

海野:

自尊感情についてはみんなが心当たりのあることかなと思っています。孤独を感じたことがない人はいないでしょうし、孤独があるから壁を作ってしまう、壁を作るからさらに孤独になる…。生きている人たちみんなの問題として入れていきたいなと思いました。

那須田:

自分が誰かに必要とされたい、という思いや自分に自信を持てないというのは誰にでもある感情だと思いますが、自尊感情という言葉は私自身もこれまであまり聞いたことはなくて使ったこともなかったので、新鮮な言葉で面白いなと思いました。こういう小難しいことを小難しい言葉で語るときにはすごく丁寧に語りあわないと伝わりません。複雑なことは複雑なこととして捉える。ちょっと難しいことを丁寧に描くことで、きちんと語れるし思いも伝わる、そして、それ自体がコメディとして映り、見ていて楽しいのでそこがこの作品の面白いところになったと思いました。あと「好きの搾取」などで出てくる「搾取」という言葉をうちの20代の社員が読めなかったんですよ。この「搾取」という現象は日常の人間関係の中にもあって、そして自分たちがこの「搾取」について無関心でいることはよくない。相手の側に立って物事を考える姿勢の大切さですね。作品の中で「好きの搾取」「善意の搾取」とこの問題をこの言葉で切っていったのが爽快だなと思いました。

Q若さにこだわる五十嵐安奈に対して、百合が「そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまうことね」と告げるシーンがありました。女性は若いほうがいい、という価値観が多くある中で、百合に「呪い」というセリフを使わせていましたね。

海野:

世の中にはそういった「呪い」のようなものはたくさんあって、それは女性に限りません。例えば親からだってありますよね。何かを背負わされてしまうことって男女問わず、年齢限らずたくさんあると思っていたので、最後に五十嵐さんと百合ちゃんの対決を描こうと思ったときに、どっちかがどっちかを説教する、という話では終わらせたくなかったんです。百合ちゃんの言葉で、五十嵐さんにも「言われてみたらそうかもしれない」と感じて欲しかった。そして登場人物の中で一番年齢を気にしていたのは、実は百合ちゃんでした。みくりちゃんたちよりも年齢が上で、どうしても女はこうすべき、男はこうすべき、と言われる中で育ってきたので。一番年齢を気にしている人がこの言葉を言うことが、自分自身の気づきにもつながると思ったので、言った方と言われた方のどちらかが上でどちらかが下、というのではなくて、お互いの気づきという意味で描けるかなと思っていました。

Q海野さんがおっしゃるとおり世の中にはいろんな「呪い」があると思います。この「呪い」から逃げる方法ってあるのでしょうか。

海野:

やっぱり「背負いすぎないこと」じゃないでしょうか。「こういうものなんだ」という考えにとらわれてしまうと、いろんなものを背負わされてしまって動けなくなってしまいます。いろんな「呪い」が降ってきたとしても、これはできる、これはできないと決めて、できないことには逃げてしまえばいいし、荷が重いけどこれはやらなきゃ、と思った時にはきちんとやればいい。「こういうものだから」と考えることを放棄することは楽ですし、できなかった時に「だって私はダメな人間だもの」と言ってしまうのも楽です。誰のことも傷つけずに自分だけが傷つけばいいから。それも一つの逃げだとは思いますが、そういうことばかりだと本当に自分がダメになってしまうし、しんどくなってしまうので、そこからは逃げ出してほしいと思います。

那須田:

自分の中で窮屈になってしまうことから逃げる方法としては妄想だと思います。人生はゴールだけを考えても途中でいろんなことが起こるので、こういう時にはこんな風に逃げたらいい、そして逃げた先ではこんな風につながるんじゃないかとか、自分の中で道筋を作ればいい。その時自分がつらくて悲劇のヒロインだったとしてもいいんです。だって物語に出てくるヒーロー、ヒロインはみんなどこかで挫折するんですから。そこからどうしたらプラスに転じるんだろうというように、自分の物語を自分で作っていけばいいのではないかと思います。そしてその物語の答えは一つだけではありません。

海野:

妄想をすると客観的に見れますよね。一歩上の世界から、自分のことなんだけど、全体を見ることができます。

那須田:

あとはいい言葉に出会うことですよね。自分の状況を見て「あ、これは好きの搾取だな」と気づくことができれば、もやっとした感情も理解できます。あと、このドラマの好きなところは語り合うところですよね。語り合うことは大事ですし、自分の中の自問自答が物語になったりすることもありますし。僕も20年前にこの物語を知っていれば妻とももっとうまくやれたのかもな、と思います(笑)。

Qシングルマザーのやっさん、同性愛者の沼田さんなど、これまでの社会の常識の中では受け入れられにくかった人たちも、とても活き活きと活躍しているなと感じました。作品全体を通して伝えたかったことはなんでしょうか。

海野:

自分は普通に暮らしているし、なんの偏見もない、と思っていても、ある日突然普通じゃないことが降りかかってくるものです。それは自分の親だったり子どもだったり友だちだったり、周りの人だったり、病気だったり、災害だったり、事故にあったりといろんな理由で普通じゃないことに遭遇することはあります。例えば、ある日突然自分の子どもに同性の人と結婚したい、と言われるかもしれない。それを「そんなの普通じゃない」と言わないようにした方が、お互い幸せだと思うので、そういう考えを持つためのきっかけになればなと思います。

那須田:

僕は仕事上、映画やドラマを作っていますが、映画やドラマは決して正解を教えてくれたり観せてくれるわけではないのに、どうして心に残っていくんだろうと、昔はそれこそ「なんのためにあるのか?」と聞かれたときになんて答えたらいいんだろうかと考えていました。『逃げ恥』もみくりと平匡は恋人であり夫婦であり、その先に家族の物語につながっていくと思いますが、人生に正解はないですし、生きていく中では何が正解で何が間違いということはないと思います。自分たちが選んだ道で、より幸せになるためにはどうしたらよいのか、という過程を考えていくのが大事だと思っています。
さっきの「呪い」じゃないですけど、人生に正解はなく、自分で選んだ道が正解です。それはどんな物語でどうしたらもっと幸せに近づけるのか。そういうことのなんとなくのヒントをお伝えできるのが映画とかドラマをやっている意味なのかなと思っています。