三重県総合文化センター ブログ

取材ボランティアレポート「M祭!2017 アーティストになってみよう!」

ながおさんを囲んで

夏です!
M祭です!
三重県総合文化センターに子どもたちが集まって、広場が子どもたちの作品で埋め尽くされると、
「ああ、夏が来たなあ、夏休みが始まったなあ」と実感します。

今年も、24種類ものイベントが同時に行われ、集まった子どもたちは大忙し。
子どもたちに楽しんでもらおうという大人たちの熱意と、イマジネーションを炸裂させた子どもたちの熱気で、三重県総合文化センター全体が、夢の国に変身!

わくわくするなあ。

絵を描く子ども

三重県総合博物館では、「アーティストになってみよう」と題して、絵本作家ながおたくまさんといっしょに夢ののりものを描こうというイベントが行われました。

三重県総合文化センターでは、ふだんから、「絵かきのコばっぐ」の貸し出しを行っています。
これは、画用紙やクーピーを貸し出し、センター内で自由に絵を描いてくださいというシステムで、お絵描きセットを忘れても、いつでもお絵描きができるという夢のような制度。

それだけでもありがたいのに、
何と!2017年は、アーティストの方といっしょに「アーティストになってみよう」というイベントが5回もあって、M祭はその1回目でした。

1978年生まれのながおたくまさんは、名古屋を拠点に活動している絵本作家。
今年から絵本読み聞かせの活動もされているそうで、子どもたちの世界にスーッと入っていって、おしゃべりしながら自然に子どものイマジネーションを呼び覚ます天才。

この日のために準備した夢ののりものパレードの4メートルある大作を披露すると、子どもたちから、「あ!恐竜だ!」などと喚声が。さすが、こどもたちが好きなものをご存知です。

ながおたくまさんが描いたパレードの中に、子どもたちが描いた絵を切り抜いて並べていき、ひとつの大きな作品にするそうで、これは、ぜひ見に行かなければ!

8月いっぱい三重県総合博物館で展示されるそうです。

子どもたち、夏休みのいい思い出になっただろうなあ。

この中から、きっと、将来のながおたくまさんが生まれるんだろうなと思うと、
今からとても楽しみ。

お絵描き好きの子どもたち、三重県総合文化センターへ行って、ぜひ、お絵描きしよう!

今から、来年のM祭が待ち遠しくてたまらない!

展示

取材したイベント

M祭!2017 キッズ・アート・フェスティバル
いろいろアーティストとアーティストになってみよう in MieMu
絵本作家 ながおたくま
夢ののりものパレード! 自分だけののりものを描いて、パレードをしよう!

日時 2017年8月6日(日曜日)
会場 三重県総合博物館

『M祭!2017』アフタープログラム

2017年8月6日(日曜日)、M祭!2017を開催しました。

M祭!は、子どもたちの好奇心を刺激し、楽しく学んで体験できる、県内最大級の子ども向けのイベントで、毎年開催しています。
今年もアーティストと直接触れ合い、三重県総合文化センターでしか体験できない多彩なプログラムを多くの方に楽しんでいただきました。M祭!で制作された作品の一部は、現在三重県総合文化センター、三重県総合博物館(MieMu)、三重県立美術館にて夏休み期間展示しております。


現代美術作家 藤原康博 with 子どもたち
「ナナといっしょに大空へ翔びたとう!」アフタープログラム
「みんなのイメージが舞う 空想の森から飛び立て!」

三重県伊賀市在住の現代美術作家 藤原康博さんと子どもたちが、インスタレーションアート作品を創りました。最初は枝だけの木に、子どもたちが「翔ぶイメージ」を描いた雲が吊るされていきました。また、午前午後に1回ずつ、藤原さんと子どもたちが一緒に大きな雲に絵を描きました。

みんなの「翔ぶ」が増えていきます
藤原さんと一緒に絵を描く子どもたち

 

フレンテ

現在、三重県立美術館(美術情報室)、三重県総合博物館(ミエゾウ骨格標本前スペース)、三重県総合文化センター(フレンテみえ1階エントランス、生涯学習センター3階「みるシル」、文化会館大ホール前共通ロビー)の3施設5か所に分けて展示しています。

展示期間は9月3日(日曜日)まで。各施設に置かれた雲たちを、藤原さんお手製の「3つの森の地図」を手に取って巡っていただき、三重県の文化交流ゾーンにおけるアートツアーをお楽しみください。


いろいろアーティストとアーティストになってみよう in MieMu 
絵本作家 ながおたくま
夢ののりものパレード! 自分だけののりものを描いて、パレードをしよう!

アーティストになろう1

絵本作家ながお たくまさんと、三重県総合博物館(MieMu)で開催中の「みんなののりもの大集合」を見て、自由にのりものを描くプログラムです。

子どもたちは自由な発想で仮想ののりものを考えたり、逆に窓やボルトの数まで正確に模写したりと思い思いに絵を描いてくれました。

子どもたちの様子は、後日「取材ボランティアレポート」で掲載予定です。お楽しみに!

子どもたちの描いた絵は、ながおさんとの合作で「夢ののりものパレード」としてMieMuに展示されています。
縦135cm、横400cmの大作です。ぜひ見に来てくださいね!

展示期間:8月11日(金曜・祝日)から8月31日(木曜日)まで
展示場所:三重県総合博物館(MieMu)3階 企画展示室横

アーティストになろう2

【お問合せ】
三重県総合文化センター 総務部 企画広報係 

電話:059-233-1105 E-mail:soumu@center-mie.or.jp




取材ボランティアレポート みえアカデミックセミナー2017 オープニング 「生命を捉えなおす―動的平衡の視点から―」

講演風景

会場となった三重県文化会館中ホールは全く空き席が見当たらない満席状態であり、この講演を多くの人が待ち焦がれていたのだと強く感じました。私自身も、福岡さんが生物学者だと言いながら、フェルメールの絵について熱く語っておられるのを春頃テレビでみました。その方が講演に来られるということをチラシで知って、ぜひお話を聞いてみたいと思っていたのです。

福岡さん

福岡さんは小さいころから昆虫が大好きで、昆虫を追いかけ、その世界に魅せられていました。両親が顕微鏡を買ってくれたことは、友だちを作ってほしいという親の願いに反して、彼をますます生命の微小世界にひきつけていったのです。

大学に入り、細胞の遺伝子研究に興味を惹かれ、GP2という新種の遺伝子を発見されました。そのGP2の働きを確認しようとする長い過程の中で壁にぶつかったことが、ルドルフ・シェーンハイマーの「生命は機械ではない、生命は流れだ」という言葉を思い出したきっかけであると福岡さんは語っておられました。この考えが「動的平衡」であり、機械論的メカニズムではなく、一定の形を保ちながら動いていく生命をできるだけ長い時間軸の中で捉えようとする視点でした。福岡さんは今、ニューヨークのロックフェラー大学で客員教授を務めながら、「動的平衡」の考え方を推し進めていらっしゃいます。

会場の様子

福岡さんは、顕微鏡を初めて作ったアントニー・レーウエンフックと同じ年に同じオランダの町で生まれた画家フェルメールに興味を抱きました。さらに大学院卒業後、働いていたニューヨーク市でたまたまFrick Collection(個人美術館)をみつけ、そこでフェルメールの絵3枚に出会い、フェルメールの36作品(全37枚中1枚は盗まれている)をデジタルでリ・クリエイト※していくことになるという福岡さんの一連の歩みは、すべてが運命の糸でつながっていたかのようで感動せざるをえません。福岡さんがリ・クリエイトしたフェルメールの36作品をいつかぜひ見てみたいものだと思いました。微小世界をのぞきながら雄大な生命の流れを見つめ、夢をはせる福岡さんの魂のわくわく感を追体験させていただいたようで、とても楽しく夢のあるひと時でした。本当にありがとうございました。

【取材ボランティア 興味津々子】

※リ・クリエイト 絵画を最新のデジタルリマスタリング技術によって、描かれた当時の色調やテクスチャーを求めて再創造したもの

取材したイベント

みえアカデミックセミナー2017オープニング「生命を捉えなおす―動的平衡の視点から―」

講師 福岡伸一さん(青山学院大学 教授)
日時 2017年7月1日(土曜日)
会場 三重県文化会館 中ホール

取材ボランティアレポート 妖怪の誕生―「百鬼夜行絵巻」の謎を解く

講演風景

「妖怪」は、日本人にとってなじみの深い存在。
だから、大昔から日本文化に根付いていたと思われがちだけれど、実は、現代の私たちがなじんでいる「キャラクターとしての妖怪」は、水木しげるさんが作り上げたものなのですよ。
そんな衝撃的な言葉から、西山克(まさる)教授の講演は始まった。

関西学院大学で日本史を教えていらっしゃるという西山教授
軽妙な語り口と、本当に面白い核心部分は、引っ張って最後の最後まで種明かししないという絶妙な間の取り方で、聞くものを飽きさせないテクニックはさすが。講演が進むにつれて、「へえ〜!」「えっ?そうなんですか?」などという会場からの声が合いの手のように入り、まさに、会場を巻き込んでの大講演会となった。

講演風景

題材となった「百鬼夜行絵巻」について、いくつかのスライドを見せていただいたが、「いやあ、この妖怪、好きなんですよ〜」「これ、部屋の壁に貼って毎日眺めています」などと言いながら、本当に楽しそうに語る教授に感化され、いっぺんに妖怪好きになってしまった。絵巻自体は、ただただ、さまざまな妖怪が描かれており、言葉を使った詳しい説明がついているわけではないので、西山教授という先導者なしでは、何が面白いのか、よくわからなかったのだけれど、絵巻が描かれた時代背景や、所蔵されていた場所など、さまざまな状況証拠をひとつひとつひも解いていき、最後に、「これだ!」という真相を教授がお示しになった時の衝撃は忘れられない。えっ?もう講演会終わっちゃうの?もっと続きが聞きたいのに。

講師

私自身は、西山教授の講演を聞くまでは、「百鬼夜行絵巻」は、民間伝承であちこちに散らばって語り伝えられていた妖怪たちを一堂に集めた、いわば、妖怪の集合写真のようなものだと漠然と考えていた。しかし、西山教授によると、この絵巻には時の政権、室町幕府に対する強い怒りが込められているという。例えば、絵巻に描かれている真っ赤な太陽。これは、室町時代にあった皆既日食ではないか?皆既日食はよくないことの予兆だといわれるが、事実、日食の後、3年にわたって自然災害が続き、日本中で大量の餓死者を出した「寛正の飢饉」があった。京都で10万人が死に、街中に死体が折り重なって倒れていたという大惨事となり、炊き出しするなどして、一度は人々の救助に乗り出した幕府だが、あまりにも災害の規模が大きく、途中で打つ手なく救助から手を引いてしまった。目の前で人々が日々、死んでいく中、驚くべきことに、御所では将軍たちが、人々の苦しみをよそに、相変わらず、遊び惚けていた。それを見ていたのが、一休宗純。表立って将軍を批判することはできないので、その怒りを込めて描かせたのが「百鬼夜行絵巻」だというのが、西山教授の種明かしだった。

まさか、まさか、そんな政治的なメッセージが妖怪に込められていたとは!

しかし、そう思って見てみると、絵巻の随所にさまざまなメッセージが込められているように思えてくる。妖怪は、後世の私たちに、大災害の記憶を伝える媒介者だったのだ。

ちなみに、数ある「百鬼夜行絵巻」の中で、最も重要だとされるのは、大徳寺真珠庵蔵のものだが、大徳寺こそ、一休さんがいたお寺であるという。頓智で有名な一休さんだからこそ、壮大な絵巻にメッセージを込めることができたのではないか。そう思うと、妖怪の謎解きが楽しくなってきた。

まだまだ知りたい「百鬼夜行絵巻」。
西山教授、ぜひ、続編をお願いします!

【取材ボランティア:海住さつき】

取材したイベント

妖怪の誕生「百鬼夜行絵巻」の謎を解く

日時 2017年6月17日(土曜日)
会場 三重県文化会館レセプションルーム

取材ボランティアレポート「平成29年度ファンファーレ事業 海野つなみ×ドラマ「逃げ恥」プロデューサー トークセッション」

舞台イメージ

2017年5月6日土曜日、三重県文化会館中ホールにて、大ヒットした「逃げ恥」の原作者海野つなみさんと、TVドラマのプロデューサーのお二人のトークセッションが開催されました。日本中の悩める女性や男性をくぎ付けにした、あの「逃げ恥」を産んだお二人の生の声が聴ける!ということで、かなり早い段階に受付は終了したとか。ロビーでは原作本の販売に長蛇の列。

TVドラマ化されたきっかけは、プロデューサーご自身が、原作を読んで「ムズムズ、キュンキュン」したからで、かなり早い段階で、ストーリーがどう展開するかまだわからない時にすでにドラマ化しようと決めていたとのこと。原作は読者の心をわしづかみにするキーワード満載で、マンガの読者はそれらの言葉から様々な妄想をふくらませ、まるで自分のことのようにリアリティーをもって読むことができたが、TVドラマは、マンガでは読者の妄想に任せていた部分を、時間の流れとともに物語がどんどん展開していく映像という形式で見せていくので、ある意味、マンガよりもていねいに描いた部分があった、などという裏話が次から次へと繰り出され、満員の聴衆はお二人の言葉を一言も聞き漏らすまいと、身を乗り出して聞き入った。

講演風景

主役の二人をどうやって決めたのか、というお話では、プロデューサーさんが、実はガッキー(新垣結衣さん)が18歳の頃からずっと継続して一緒にお仕事されているそうで、人間として、そして、俳優として成長を続けるガッキーに、その年代その時代にぴったりくる役柄を考えていたらこうなった。相手役には、大好きなガッキーを安心して任せられるイメージをもった俳優を、とちょっと父親目線で考えたところ、星野源さんがぴったりだったと言われ、聴衆が深くうなずき、会場全体が「近所のおばさん」目線で一体となった瞬間でありました。

「契約結婚」という、伝統的な結婚制度に問題提起がされているドラマなので、視聴者から反発を受ける可能性もあったはずなのに、ここまで人気が出たのは、喜劇役者としてのガッキーの才能や、コミカルな脚本など、作り手側の数々の仕掛けが成功したということももちろんあるけれども、多様な生き方が浸透しつつあるという社会背景も大きい。結婚は、する、しないを含めて、当事者同士が納得して、幸せだと思えればいろんなカタチがあっていいんじゃない?そんなメッセージが、視聴者にストレートに届いたということだ。このドラマを見て、家事の分担をどうする?どうしたい?という話合いを、初めて夫婦で真剣にすることができたという声が多数あるそうで、プロデューサーさん自身も「ボクが結婚した当初、このドラマがあれば妻ともっとうまくやれただろうなあ」とおっしゃっていたのがとても印象的。「逃げ恥」は、現代版結婚のバイブルなのかも?

会場の風景

トークは「恋ダンス」の話題で興奮が最高潮に。「逃げ恥」といえば「恋ダンス」。番組放映中、ドラマを見ていない人達ですら、「恋ダンス」は踊っていたものね。原作者の海野さんも、ドラマのヒットの要因として、「恋ダンス」の幸福感が大きいとおっしゃっていた。ドラマの最後にいっしょに恋ダンスを歌って踊っていたら、なんだか、私も幸せになれそうな気がする、そんな風に思わせる力が、あのテンポのいいダンスにはみなぎっていた。誰でも真似できそうな簡単なダンスに見えるけど、実際踊ってみると難しいというのも大事なポイントなのだそうで、だから、みんながわれもわれもと競って踊ったのですね。ヒット作というのは、偶然生まれるわけではなく、様々な仕掛けがかみ合って初めて売れるのだなあと勉強になった。海野さんは恋ダンスが相当お気に入りのようで、最後に退場される時に恋ダンスを自ら踊りながら立ち去るパフォーマンスを見せてくれ、「かわいい〜」という歓声が会場から飛んでいました。

トークセッションの最後に、司会の方がお二人に「続編はありますか?」という、みんなが聞きたかったことをズバリ!聞いてくださった。

お二人の回答?

「私たちも、続編があればいいなと妄想しています」

 ぜひ、妄想を現実にしてください!続編、待っています!

【取材ボランティア 海住さつき】

取材したイベント

平成29年度ファンファーレ事業
海野つなみ×ドラマ「逃げ恥」プロデューサー トークセッション
逃げるは恥だが役に立つ―さまざまな幸せのカタチ

日時 2017年5月6日(土曜日)
会場 三重県文化会館 中ホール

第七劇場「人形の家」スペシャルインタビュー

7月16、17日に小ホールで上演予定の第七劇場「人形の家」。
第七劇場主宰の鳴海康平さんにお話を伺いました。

ベルヴィル
第七劇場主宰・鳴海康平さん
(津市美里町にある劇場「テアトル・ドゥ・ベルヴィル」にて)

百年の時を越える戯曲

―これまでルイス・キャロルやドストエフスキーなど、海外の作家の名作を舞台化されてきた第七劇場ですが、今回はノルウェーの巨人ヘンリック・イプセンに初めて挑戦されます。イプセン作品を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。

鳴海:私自身は作家ではないので、自分で戯曲を書きません。そのため、上演する戯曲を選ぶときはいつも悩むんですが、いくつかの指針があって、ひとつは日本だけではなく世界中で知られている戯曲であること、もうひとつは(これはひとつ目ともやや関係するんですが)、戯曲が書かれてからある程度の年月が経過していることです。
三重県文化会館さんで上演させていただいた「Alice in Wonderland」(2015年上演)や「罪と罰」(2016年上演)は約150年前、「かもめ」(2010年上演)は約120年前に原作が書かれています。昨年国内ツアーをした「オイディプス」はギリシア悲劇と呼ばれる原作で約2500年前くらいに書かれています。
昔の戯曲というのは、確かに現代とは状況設定が大きく違っていたりもするのですが、視点を変えて考えると、これだけの年月が経っているのに世界中で読まれ続け、劇場で上演され続けているということは、時代を超えて観客に訴える力をその戯曲が持っていることの証明だともいえると思うんです。時代を超えて、国や地域を越えて響く力を持つ戯曲を上演することに、私たちは魅力を感じています。
そこでイプセンの話になるのですが、イプセンは今でもヨーロッパでは上演されることがとても多く、「近代演劇の父」ともいわれています。それもやはりイプセンの作品には現代にも通じるテーマが描かれているからだと思います。ギリシア悲劇、イギリスのシェイクスピア、ノルウェーのイプセン、ロシアのチェーホフ、この4つは西洋の演出家であれば誰しも取り組む巨人たちです。この中で、私たちはまだイプセンには向き合ってなかったので、いつかイプセン作品に取り組みたいと以前から考えていました。
実は、今年2017年は、1917年にロシアで起きた二月革命からちょうど100年が経ちます。国際女性デーに起きた女性を中心にしたデモが、ほかの男性労働者や兵士にまで拡大し、ロシア帝政が崩壊する革命にまで発展した大きな事件でした。今年はこの意味で記念すべき年でもあるんです。
そしてイプセンは、中期から後期にかけて「女性の自立や権利」をテーマに作品を書いていることもあり、そのイプセン中期の代表作「人形の家」を上演しようと考えました。

名作はいつだって懐が深い

―イプセンの「人形の家」といえば、これまで世界中の演出家によって上演されてきました。鳴海さん流の「人形の家」はどのようになるのでしょうか? 例えば海外と日本の劇団での上演される際の描かれ方の違いなどもあれば、是非教えてください。

鳴海: そうですね、「自由」や「自立」「平等」「法」というモチーフが、特に女性についてのそれらが描かれる「人形の家」は、これらのモチーフを好むヨーロッパではたくさんの演出家によって上演されています。時代や社会状況によって演出は変わってきたと思いますが、私が知る範囲で特徴的な作品を2つ紹介しておきたいと思います。
ひとつはドイツの演出家 トーマス・オスターマイアー Thomas Ostermeier が演出した作品です。彼はイプセン作品をよく演出しています。「人形の家」は主人公である妻の名前「ノラ Nora」という作品として演出しています(ドイツでは「ノラ」というタイトルの方がポピュラーでもあります)。とてもモダンで豪華な部屋を舞台美術に、とても強いノラを描きました。どこが強いかというと、原作ではノラは夫との関係に不信を抱き、自分自身の力で社会を知るために子どもを置いて家を出るのですが、オスターマイアーの「ノラ」のラストではノラは夫を殺してしまうんです。原作が初演された1879年当時、妻が夫と子どもを置いて家を出るというラストは衝撃的すぎて大きな社会問題となりましたが(たった140年前でもそういう時代だったのです)、21世紀ではそれほどの衝撃ではないことをふまえて、ラストを変更した意図があったようです。
もうひとつは、ノーベル文学賞を受賞しているオーストリアの女性作家 エルフリーデ・イェリネク Elfriede Jelinek が「人形の家」をもとに書いた「ノラが夫を捨てた後なにが起こったか」という作品です(1977年発表)。タイトルからもわかるように「人形の家」の後日談です。「人形の家」は妻でもあり母でもある女性の自立や権利を描いていることから、フェミニズムの分野でも語られることがある作品です。しかしイェリネクは、そこに描かれている女性像に対して、そして初演から100年くらい経った後で主張されているフェミニズム、つまり女性に限らず不平等や抑圧に苦しむ弱者の叫びの一部に、この作品をとおして建設的な批判を加えました。同時に現代でも、女性の権利の歪みや、男女の不平等、女性に限らない社会的マイノリティの生産が依然として続いていて、ある部分で大きくなっていることを描きました。
極端な作品を2つご紹介したので「人形の家」が、なんだか怖い作品のように感じられるかもしれませんね(笑) でも、名作と呼ばれる古典戯曲というのは、時代によって、国や地域によって、さまざまに演出を変えて社会に訴えかけてくる懐の深さがあることを知ってもらえたらと思います。
今年、私たちが上演する「人形の家」は、妻が夫を殺したり、娼婦になったりはしません(イェリネクの作品だとノラは家を出た後、生きるために娼婦になります)。ただ、私たちも「人形の家」の懐の深さを少しばかり拝借して、現代における「男女の平等」が抱えている課題や、私たちが当たり前だと思っている「家族」の別の顔を描きたいと思っています。
第七劇場の作品ではよく使われる手法なのですが、今回の作品はイプセンの「人形の家」のテキスト以外にも、たくさんのテキストをコラージュして構成しています。簡単にご紹介すると、「人形の家」が日本で初演された同じ年に創刊され、日本における女性運動に大きな影響を与えた女性による文芸誌があります。「青鞜」という雑誌ですが、そこに名を連ねた与謝野晶子、伊藤野枝、岡本かの子などのテキスト、そして「青鞜」でも評論が掲載されたノーベル賞受賞作家バーナード・ショーの戯曲「ウォレン夫人の職業」のテキストもコラージュしています。本筋のテキストと外部のテキストを並べることで、現代の私たちにとってより身近な問題として「人形の家」が現れてきます。
鳴海康平                            

移ろいゆく家族のカタチ

―フライヤーには「家族」というキーワードが出てきますね。

鳴海: 今や合計特殊出生率は低下し、日本の人口減少は避けられません。核家族や単身者も増加し、家族の形はさまざまです。一部から「古き良き一家団欒が失われてしまった」とか「日本の伝統が消えつつある」という言葉を見聞きしますが、実のところ、この私たちが思い描く「家族」という絵は明治民法の制定によるもので、「つい最近」において政府に主導され思いのほか強引につくられた絵だということは、あまり知られていないようです。
「人形の家」は、19世紀末当時、世間では当たり前だと多くのひとが考えていた家族像や女性の立場に疑問を投げかけました。デンマークでの初演のときには、かなり批判も多かったようです。それから140年くらい経った今、「人形の家」で描かれる家族像もすでに古くなっている部分は否めません。しかし、その家族像は変わっても、家族や男性が女性に対して無意識に押し付けている役割はあまり大きくは変わっていないとも感じます。
家族という形ですら、時代や場所によって変わります。女性や男性に対する、いわゆるジェンダー意識も少しずつ変わってきました。ただ、家族の中の女性の立場、社会の中の女性の立場は、男性のそれと比べると、まだまだいびつであるのは事実です。
私たちにとって、変わっていく家族とは何なのか。その変化し続ける家族を構成する個人の自立とは何なのか。そしてその個人が自立するために、家族が家族であるために/家族になるために/家族をするために、今の社会や、私たち世間もどう変わっていかなくてはいけないのか。こういうことを「人形の家」は現代の私たちに問うているように、私は感じています。

―「人形の家」の主人公ノラといえば、明治を代表する女優・松井須磨子をはじめ、昨今では大竹しのぶや宮沢りえなど名立たる女優が演じていますね。鳴海さんの描く「ノラ」像は?

鳴海:そうですね、松井須磨子はこのノラ役の好演をきっかけに新劇を代表する女優になりましたし、これまでも名立たる名女優がノラを演じてきました。
さきほど少し触れましたが、今回の第七劇場版「人形の家」は家族がテーマのひとつであるといえます。原作3幕でのノラの台詞「私は何よりもまず人間です」にも表れているように、第七劇場版「人形の家」に登場するノラは妻であること、母であることよりも、ひとりの人間であることを選びます。ただ、ひとりの女性が家族を捨てて、社会の中でひとりで生活していくこと、いや、女性に限らず、この現代社会の中で人間がひとりで生きていくためには、家族内で女性がぶつかっている壁と似たような壁にぶつかるのではないかと思うのです。その見えない暴力のようなものをあぶりだす存在として、ノラを描きたいと考えています。

二人のノラ

―今回、公募で出演者オーディションを実施されましたが、キャストの顔ぶれについて教えてください。

鳴海:オーディションには三重県内外から15名ほどのご応募をいただき、今回は松阪を中心に活動されている成川ちほさん、名古屋在住の秋葉由麻さんにご出演いただくことになりました。この二人を迎え、そして今年広島から三重県に移住し第七劇場に所属した新人・三浦真樹を加えた第七劇場の俳優陣6名の、計8名で上演します。
ノラを第七劇場・木母、その夫ヘルメルを第七劇場・小菅、ノラを脅迫するクロクスタを第七劇場・伊吹、ノラの古い友人リンデ夫人を成川さん、ヘルメルの友人ランク医師を第七劇場・三浦、女中を第七劇場・菊原、二人目のノラを秋葉さん、調査員を第七劇場・佐直が演じます。
調査員という役は原作には登場しません。そしてなぜノラが二人いるのかは観てのお楽しみ、ということで(笑)

―鳴海さんのいちばん好きな場面は?

鳴海:場面ではないのですが、さきほども出てきた「二人のノラ」が見どころです。ちょっとだけ秘密を明かすと、フェミニズム文学批評の中で、「家を出て行ったノラ」と「家を出て行かなかったノラ」の二つの視点で女性の立場を考察されることがあります。それをヒントに、ノラを二人登場させることで「人形の家」を、現代に対して有効なドラマとして鮮明にしたいと思っています。

劇場で海外旅行体験を

―今年は7月の「人形の家」、11月の日台国際共同プロジェクト「1984」と、三重県文化会館での公演が続きます。最後に意気込みをお願いします。

鳴海:劇場での体験というのは、海外旅行に似ていると私は感じています。海外に行かれたことがある方はよくわかると思うのですが、渡航前には本やネットでいろいろ調べることや思いをはせることはできても、やはり行ってみないとわからないことだらけです。そして歴史や文化、価値観が異なる世界を体験することで、自分自身が確実に変化します。そして自分の人生をより豊かにする視点を手に入れることができます。それは劇場体験もまったく同じだと思うのです。
加えて「人形の家」は約140年前、北欧で書かれた作品ですし、今年2年目となる台湾カンパニーとのプロジェクト・日台国際共同プロジェクトの「1984」は、約70年前にイギリスで書かれたSF小説の金字塔を台湾人作家/演出家が演劇に翻案します。そして日本と台湾の俳優が共演します。この直接的な意味でも、まるで県文で海外旅行ができます(笑)
私たちは自分自身の人生を豊かにしたいと願い、そのための生活をした方が良いと考えるのと同時に、次の世代に、私たちの想像以上のスピードで変わっていく今の世界や社会の中で豊かに生きる知恵を伝えていくことも大事なことだと思います。 ぜひ劇場体験を、劇場での海外旅行体験を、人生を楽しむツールとして活用してほしいと願っています。

―ありがとうございました。今後の活躍にますます期待が高まります。
6月20日には、鳴海さんの解説付きで関連企画「人形の家を読んでみよう!」も開催予定。
作品をより楽しむ手引きとして是非ご参加ください。

第七劇場「人形の家」

 原作:ヘンリック・イプセン 構成・演出・美術:鳴海康平
《日程》7月16日(日)14時00分開演/18時00分開演
    7月17日(月祝)14時00分開演
《会場》三重県文化会館 小ホール

【関連企画】「人形の家を読んでみよう!」 ナビゲーター:鳴海康平
《日程》6月20日(火)18時30分〜20時30分
《会場》三重県総合文化センター 生涯学習センター2階 小研修室

春のそうぶんに行こうよ!こいのぼりがいっぱい!! 開催中!

泳ぐこいのぼり

そうぶん内の新緑も眩しく輝く季節となりました。
今、そうぶんではこいのぼりが元気に泳いでいます。

こいのぼり作業中

今回の準備は半年前の10月から。
前回の掲揚で傷んでしまったこいのぼりの修復や、新たにデビューするこいのぼりの加工などをボランティアさんと一緒に、週に1回のペースで行いました。

 

さて、4月12日、いよいよ掲揚する日がきました!

こいのぼり装着

広場にワイヤーを広げ、こいのぼりをつけていきます。

こいのぼり結束バンド

強風でフックが開いてしまうことがあるので、さらに結束バンドで固定。

屋上からワイヤーを引っ張り上げると同時に、こいのぼりが泳ぎ始めました!

こいのぼり掲揚中

これを8回繰り返し、150匹を超えるこいのぼり掲揚の完了です!


おさんぽマップ

こいのぼりの掲揚期間に合わせて、「そうぶん&MieMu おさんぽマップ」も配布しています。

そうぶんとMieMuをおさんぽしながらクイズが楽しめます。小学生以下のお子様にはプレゼントも用意していますよ!

こいのぼり集合写真

日々のお散歩やおでかけのついでなどにお立ち寄りください。
お待ちしております♪

春のそうぶんに行こうよ!こいのぼりがいっぱい!!

掲揚期間 2017年4月14日(金)から5月7日(日)まで  
     ※休館日もご覧いただけます。
会場   メインエントランス・祝祭広場・知識の広場

取材ボランティアレポート「植木等主演映画上映会『本日ただいま誕生』」3月18日

三重県総合博物館で開催される企画展「植木等と昭和の時代」に併せて開催された上映会。
この作品は、1979年に制作・上映されて以来、フィルムが行方不明となり、「植木等幻の主演作」と言われていたとか。しかも、主演の植木等はお坊さん役。実家がお寺で、小学校卒業後、しばらく、お寺の小僧さんとして修行に出されていた植木等が演ずるのだから、きっと、迫真の演技が見られるにちがいない。そんな期待でワクワクして見始めたが、出だしでいきなりめまいが。

学芸員宇河さん
宇河 雅之さん(三重県総合博物館 学芸員)
植木さんの付き人
藤元 康史さん(植木等さんの最期の付き人)

第二次世界大戦で、シベリアに抑留されていた日本兵が引き揚げる時、植木等演じる主人公が凍傷にかかり、両足切断することに。麻酔もなければ専門の外科医もいない中で行われた、大変な手術のシーンがリアルに映し出され、血に弱い私はしばらく画面が直視できず。最近、テレビドラマなどで血の出るシーンを見ることが少なくなったけれど、昭和の映画では普通に出てきたということを思い出し、生きることが闘いだった時代は、そんなに昔ではないということを改めて実感した。

映画のタイトル「本日ただいま誕生」というのは、足もない、お金もない、身寄りもない植木等が、苦難に耐えながら歩み続ける中、最後の最後に観音様の前で「これからは自分の安住の地を求めることなく生きていきます」と誓うシーンで発する言葉。苦難に直面するたび、人間としての欲をひとつずつ手放してきたけれど、最後まで捨てきれずに心の中にあった様々な思い。それらに別れを告げ、まっさらな人間、まるで、生まれたばかりの赤ちゃんのような、何も背負っていない素直な人間として、仏様の御心のままに生きる決心をした時の言葉を聞いた時、ああ、この映画は、植木等の遺書なのだと思った。

お寺に人間としての原点があった植木等が、仕事としてではなく、自分の生きた軌跡を書き留めておきたくて作ったのがこの映画なのだろう。もしも、植木等が作家だったら小説を書いただろうけど、俳優だったから映画の形をとっただけで、積極的に上映していきたいとは、当初から考えていなかったのではないか。だから、ずっと行方不明になり誰の目にも触れずにいたけれど、没後10年という節目の年に、そろそろ世に出していいという植木等のお許しが出て、今回、私たちの目にふれたのではないか、そんな気がした。

まさしく、お寺に生まれた植木等だからこそ撮れた、こん身の映画。今後、上映の糸が切れることなく、じわじわと広まることを心から期待する。

(取材ボランティア:海住さつき)

取材したイベント

植木等主演映画上映会「本日ただいま誕生」

日時 2017年3月18日(土曜日)13時15分開演
会場 三重県男女共同参画センター1階 多目的ホール

取材ボランティアレポート「植木等主演映画上映会『本日ただいま誕生』」1月22日

映画タイトル

わが三重県出身の植木等の幻の主演作、それも30数年も行方不明になっていた幻の作品が上映されるというチラシを見てすぐに申し込みをしました。当日、会場へ行き席へ着くと上映前には満席になり、この映画を見たいという人の多さに驚きました。

この映画は、三重県総合博物館の「植木等と昭和の時代展」との連携事業なので上映前に博物館の学芸員と植木さんの付き人だった方の2名から植木等についての話がありました。

テレビがお茶間に置かれるようになった頃にスーダラ節で登場して「無責任シリーズ」や「日本一シリーズ」など30本以上の映画に出演し、昭和と共に生きた植木等の人となりなどを紹介されました。

上映前の解説

映画の内容を紹介しますと、植木等扮する大沢雄平がシベリア抑留中、零下40度を超える極寒の中で凍傷にかかり麻酔薬のない中で両足切断の手術を受け、その後帰国するときに満州の荒野へ置き去りにされるも運良く現地の人に助けられ帰国を果たします。

義足を作ってもらいますが、両足のないことで数々の苦難に遭います。ある時、偶然にも満州の荒野へ大沢を置き去りにした横田と坂本に会いますが、詫びる二人を結局許します。その二人と共に会社を設立して商売を始めますが、一時は景気が良かったものの落ち目となり、最後は横田に会社の資金をすべて持ち逃げされてしまい、潰れてしまいます。

その後、空襲でひとりぼっちになり水商売をしている高子と同居し、養ってもらいますがどん底の生活の中、高子が出て行ってしまいます。

会場の様子

ひとりになった大沢は放浪の果てに頭を剃って托鉢行脚をし、様々な人たちと出会う中で両足のない事を恨んでいた自分を見つめ直します。自分には最初から足がなかったのだという悟りを得、本日生まれ変わって新しい自分が誕生したのだという境地に達し、その後僧侶として生きる大沢の半生を描いたものでした。

喜劇俳優としてのイメージが強い植木等の渾身の演技を見て物語に引き込まれ、彼の別の顔を見た思いがして感動しました。

また、この映画を見て「生命」というものを考えなおす機会を与えていただいたことに、感謝します。

(取材ボランティア:葛山 則子)

取材したイベント

植木等主演映画上映会「本日ただいま誕生」

日時 2017年1月22日(日曜日)13時15分開演
会場 三重県男女共同参画センター1階 多目的ホール

取材ボランティアレポート「名作映画会『シャーロック ピンク色の研究』」

名作映画会

「シャーロック・ホームズ」の映画が生涯学習センターで上映されるのを知って是非観たいと申し込みました。
本好きだった学生時代に読んだ記憶があって、面白かったことは覚えているけれど内容はすっかり忘れている自分に、遠い昔の事だから覚えていなくても仕方ないわと納得しながら視聴覚室へと向かいました。
143席の会場はほぼ満席でこの映画への関心の高さがよく分かり、無料で名作を観ることのできるこの名作映画会を運営してくださっている上映ボランティアの方々に感謝の念で一杯になりました。

さて、内容を少し紹介しますと……。

ポスター

アフガニスタン紛争に軍医として従軍したジョン・ワトスンは負傷して帰国し、戦争による心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされています。ジョンがルームシェアの相手をさがしていると、同じくルームシェアの相手をさがしているシャーロックに会います。そして会った時にジョンはシャーロックに軍歴や家族構成など当てられてしまい驚きます。
その頃、ロンドンでは3名の連続服毒自殺事件が発生していました。ジョンとシャーロックが共同で住むベーカー街221Bへ下見に来たところへ、レストレード警部が4人目の自殺者が出たと言ってシャーロックの元へやって来ます。

シャーロックはジョンと一緒に現場へ行きピンク色の洋服を着た女性の遺体を確認しますが、女性のスーツケースがないことに気付くと一人で探しに行ってしまいます。ジョンがベーカー街へ帰ろうとするとある男に廃倉庫に連れ出され、シャーロックを監視するように頼まれるが断ります・・・

犯人を追うシャーロックの正確な推理と頭脳の明晰さ。犯人の車を追跡する時に杖をついて歩いていたはずのジョンが、シャーロックに続いてビルからビルへ飛び移るシーンに「あれっ、足が治ったのかしら」などと息もつかせないストーリーの展開に目はスクリーンに釘付けに。

シャーロックが、携帯電話で呼び出した犯人と、毒入りカプセルをあわや飲もうとするときに、後を追ってきたジョンが犯人を銃で射殺するところでこの事件は解決するのですが、事件現場に現れた「ある男」がシャーロックの兄のマイクロフトだと知り、またまたビックリ。マイクロフトはシャーロックの事を心配して監視をしていたのです。

この映画をワクワクドキドキで見終わってからまた次のシリーズを見たくなり、すっかりシャーロック・ホームズにはまってしまった私に気づいたのでした。

(取材ボランティア:葛山 則子)

レポートしたイベント

名作映画会「シャーロック ピンク色の研究」

日時 2017年2月11日(土曜日)13時30分から15時まで
会場 三重県生涯学習センター2階 視聴覚室

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