関連レポート

【3つの季節をわたりながら続く「縁」と創作の旅路】

 

 旅の起点「春を振り返る」

 春。うぐいすの鳴き声を聴きながら三重での稽古、創作の大詰めを取材してから三重県文化会館での幕開き、三股町立文化会館での宮崎公演から夏、秋、冬も終わりかけた2月半ばに島根を訪ねた。3月の『この物語』上演に先駆けたワークショップ、その2日目に立ち会うために。この間、実に7か月。もとい、企画の初取材はさらに1か月遡った4月初旬の、島根から参戦した俳優・西藤将人による三重県総合文化センターでのワークショップなので、もう一か月加わって8か月ということになる。
 『この物語』を書いた永山智行が代表を務める宮崎の劇団こふく劇場は、本公演のツアーを夏の終わりから冬にかけての期間、日本という島国の端から端まで10都市近くツアーをするレアな集団。その旅を追いかけたこともあるが、上演頻度を別にすれば、こふく劇場のツアーを上回る長い期間、座組の人々は『この物語』という作品を携えて暮らし、時には別の創作・表現にも向かっていたことになる。おそるべし、演劇人。

 西藤が演じる様は幾度か観ていたが、ワークショップはこの時、2025年4月が初見だった。技術や知識を伝えるというより、“共に過ごす中で互いに(何かしらを)発見するための時間”というのが、個人的な西藤のワークショップの印象。「地域で愉快に生きるススメ」というタイトルからして学び系講座のイメージとはひと味違い、期待が膨らむ。内容も独特に濃いもので、自己紹介を兼ねた島根拠点での創作活動をめぐる破天荒エピソードを語った後は、ペアになった相手と指先だけ触れ合わせた状態で互いの存在を感じ合うメソッドの実践、西藤自身の作・演出による一人芝居のレパートリーの一つ『鈴虫だいすき、興梠(こおろぎ)さん』の上演と畳みかけていく。年を経た男が語る、記憶の中で生き続ける飛び切り個性的な少女の話。孤独の先にある平穏とでも言えばいいものか。不思議な懐深さで観る者を惹きつける劇世界だった。

 そしてラストは、全員が互いの視界に入るよう丸く座り、参加者からの質問を受けつつのフリートーク。仕事や生活と舞台芸術に関わることの両立をどう考えるか、学生時代の演劇経験と今の日常をどう結びつけたらよいか、など大人たちからの現実的な質問もあれば、地元高校から顧問の教諭と一緒に参加した演劇部員たちからの、演劇を続けることの意義を問うような大きな問い掛けまで話題はとても幅広い。西藤は言葉にならない相手の想いまで確かめるように、それでいてユーモアも忘れずに会話を紡いでいく。結果、予定時間を超過しておしゃべりは続き、一旦閉会と区切ったあとも、部屋に残る参加者との会話は続いていた。

最終寄港地・島根での“はじまり”

 8か月後の2月中旬。縁結び旅の最終寄港地・島根のワークショップは宮崎の永山智行が講師で、「演劇が生まれる 劇作家×俳優×観客」というタイトル。会場は出雲市駅からすぐの文化施設ビッグハート出雲だ。1日目は戯曲ワークショップで、短い会話のやりとりを書き上げるというもの。2日目は初日に書いた戯曲を参加者でリーディング上演し、さらに西藤の短編一人芝居を鑑賞。最後は振り返りのおしゃべり会という充実したプログラムになっている。
 取材を行ったのは2日目で、10時~13時までがリーディング上演のための創作ワークショップ。14時~16時30分で鑑賞とおしゃべり会という住み分け。前日の講座からは9つ短編が生まれたという。  
 戯曲を構成するための設定(シーン)と会話(せりふ)を、講師・永山の講義を経て約30分で書き上げるプログラムは、永山と劇団こふく劇場の活動拠点・三股町で毎年5月の第4週末に開催される演劇祭「まちドラ!」の名物「カクドラ!」の手法。多くは数分で読み終わるページ数だが、書き手の個性や問題意識が反映された戯曲にきちんと仕上がるユニークな劇作術だ。今回は3月に上演される『この物語』の最初の台詞に重ね、「どうするんですか?」という問いかけで始める、というお題も出したという。

 講座の全体像を説明したあとは、参加者の自己紹介と参加者間で呼んで欲しい愛称を申告。さらにウォーミングアップとして、4人一組で3つの班に分かれ、軽くジャンプしながら様々な組み合わせで腕と足を開閉させていく。ラジオ体操の応用編のようで、「開く、開く、閉じる、開く」など声に出しつつ行うのだが、シンプルそうに見えて難しいらしく、手足の動きがこんがらがる人が続出していた。その間に永山は、9編の戯曲を読むためのキャスティングを猛スピードで行っている。

 1時間後、講師は永山にバトンタッチ。まずは同じ「おはよう」を白、黒、黄など色彩をイメージしながら発語することでトーンを変えるレッスン。続けてすぐに、ト書きと登場人物2人の3人一組に永山が組分けしたグループでのリーディング稽古が始まる。  
 それぞれの役で一度戯曲を読んだ後は、会場にある折りたたみ椅子やテーブルを配置してアクティングスペースに。それだけで急に、場の空気に「演劇」の気配が濃く立ち上がる。それは参加者たちにも影響するのだろう。さらにテンポや抑揚、立ち位置など永山のちょっとした演出が加わると、みながキリッと俳優の顔になっていくのだ。  
 戯曲の内容も実にカラフルで、離婚した夫婦が夜の屋台で交わす会話、幼い子どもを連れた節分のお詣りでの出来事、古代の地球を観察しながら人類を進化させるべく作戦を練る宇宙人の様子など、一つとして似たものがない。前日から参加していた執筆者には意図を訊くなどして、演技の糧にする場面もあった。繰り返すほどに全員が創作をおもしろがり、活き活きと自由になっていくのが見て取れる豊かな時間が、確かに流れていた。

 講座を振り返ってのおしゃべりも、リラックスした空気の中で弾んでいた。「演劇ってこんなふうにできていくんですね!」「以前のワークショップは緊張したけれど、今日は気楽に楽しめた」「自分から飛び出して解放される感覚があった」「演劇を使ったクリエイティブな遊び、という感じがした」「出雲の方言を生かした発語での上演もしてみたいかも」など、ありがたい言葉のオンパレード。ここでの出会いと経験を活かして別の演劇イベントに参加しようか、という発言まであり、真っ直ぐ演劇に向き合い、自分らしい楽しみ方をみつけてくださった参加者の感性に取材者として感銘を受けた。

 さて、次は『この物語』本編の上演だ。小さな映像制作会社を舞台に、今を生きる私たちのすぐ隣りにいそうな人々が織りなす近しい物語は、旅の終着点である島根の観客に何を届けられるのか。  
 客席で起こる心の化学反応を、直接感じられる瞬間が楽しみでならない。きっと、その先には新たな旅路が続いていくはずだ。

取材・文 尾上そら

【稽古場レポートin津市美里町】

 2025年GWの入り口、その最初の週末。『この物語』の稽古場を訪ねた。演出を手掛ける鳴海康平が率いる劇団第七劇場。その拠点であるテアトル・ドゥ・ベルヴィルは津市美里町三郷にあり、カンパニーはそこからほど近い美里社会福祉センターで鋭意創作中という。津駅からバスで1時間ほどのセンターは新緑がまぶしい山が近く、巣を守るツバメの行き交いやウグイスの鳴き声が近しく感じられる場所だった。  
 『この物語』は地方都市の小さな映像制作会社、そのオフィスを舞台に紡がれる会話劇だ。なので折り畳み長机とパイプ椅子、持ち込んだソファとローテーブルなどを配置し、給湯スペースもある仮の事務所が稽古場にはできていた。実用的かつ現実的な仕事のための部屋。これが美術も自身で手掛け、想像力を刺激する美しい劇空間を立ち上げる鳴海の手にかかると、本番ではどんな劇空間に変貌するのか早くも妄想が膨らんでくる。  
 また今作は第七劇場の3人、宮崎の劇団こふく劇場の3人、島根県雲南市が拠点の西藤将人という7人の俳優による混成チームにより演じられる。それぞれの劇団で培われた表現や身体性、一人ひとりの個性がどのような化学反応を起こすかにも興味が募る。

 とはいえこの日は既に、全員が台本を離した状態の通し稽古。午前中に1回、昼食休憩を挟んで午後にもう1回それぞれ全体を通し、その後、鳴海からのノート(気づいたこと、気になることをまとめたメモ的なもの)に応えて対象となる場面を改善する、という内容だという。

 室内に入るや俳優陣は身体を曲げ伸ばしたり、その場で軽くジャンプしたりなど、それぞれウォーミングアップに余念がない。鳴海は記録のためのビデオカメラをセットすると、ノートパソコンで何やら確認している様子。昼食シーンから始まるため、小道具や消えもの(食べ物など)チェックも並行して行われている。「じゃあ、やってみましょうか」という鳴海の声で最初の通しが始まった。

 戯曲の頭から終わりまでの約60分、芝居は淡々と淀みなく進み……とは行かず、いきなり冒頭の食事シーンで口に食べ物を詰め込み過ぎた俳優が、何を言っているのかわからなくなるトラブルが発生。通し自体は止めずに進んでいくが、他にも出入りのタイミングや言葉をやりとりするテンポ、会話のテンションが切り替わる場所など小さなノッキングはあちこちで起こる。よかった、書くことがあって。短めの戯曲とは言え、稽古開始から10日余りで完璧に仕上げられては、取材者の立つ瀬がないではないか。

 キビキビと仕事をこなしつつも溢れる家族愛が隠せない県庁職員(木母千尋)、懐は深いが脇が甘い映像制作会社社長(菊原真結)、仕事と倫理観の狭間で悩む若き撮影スタッフ(三浦真樹)、年若い女性と新婚ほやほやの同社の顧客(濵沙杲宏)、社内のアレコレをこまやかに気遣う同社事務員(有村香澄)、自身を取り巻く現実の息苦しさにあえぐ撮影アルバイト(池田孝彰)、ぶっきらぼうだが腕は(おそらく)良いベテラン撮影スタッフ(西藤将人)。身近にも居そうでいながら、働くこと・生きることの普遍的な悩みや小さな喜びを体現する登場人物たちは、劇作を手掛けた劇団こふく劇場代表・永山智行のさすがの筆の冴え。話の中に登場し、人々の交わす言葉から立ち上がっていく取材対象の車いすスポーツ選手が、この国が抱える歪さに重なるところは作家の視点の鋭さゆえだろう。同時にキャラクターたちは演者それぞれのチャーミングさでカラフルに彩られ、そこに鳴海の緻密な演出が加わることで生身の存在として息づいていく。

 通しの後の修正改良は、俳優同士での確認・すり合わせの後、自己申告で鳴海のチェックを仰ぐ。「悪くはないけど何か引っかかるかな」「もっと遊べる気がする」「許容範囲。でももっと良い方法があるかも」など、鳴海の言葉はその場で決めず、さらなる思考や工夫を俳優に促すものが多い。即座に微調整を加えて場面を返したり、課題にして持ち帰ったり俳優たちの対応も様々。ご観劇のお客様へ。個人的なポイントは「おにぎり」と「にらめっこ」絡みのシーンです。どんな仕上がりかは上演でお確かめください。

 少し長めのヨーロッパ的昼休憩の後、二度目の通し。午前は昨日の通しより2分ほど長かったそうで、鳴海は「間を開けているところは詰めず、会話のスピードを上げることを意識して」と声をかけ、「では、はりきってどうぞ」と真顔で開始の合図をした。 

 見違えるように流れがスムーズになった場面、まだ噛み合わなさが残る会話、豊かで絶妙な呼吸と間。穏やかな風と野の鳥たちの唄が開け放たれた窓から時折入り込み、演技の隙間、微かな無言さえ春に染めていく。その地の自然に近しくつくられた『この物語』は、この後、宮崎、島根の土地や人に触れながらさらに熟成を進めていくに違いない。

 演劇は、創作に手間暇をかける他ない。だからこそ時代の変化に左右されない豊かさを、保ち続けているのかも知れない。「三重・宮崎・島根を巡る縁結び旅」はそんな演劇の不思議を、証明する一つの手立て。各地の高校生と共に、一人でも多くの方が「証明」の目撃者になっていただけるよう祈るばかりだ。

 取材・文 尾上そら