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稽古場レポートin津市美里町

2025年GWの入り口、その最初の週末。『この物語』の稽古場を訪ねた。演出を手掛ける鳴海康平が率いる劇団第七劇場。その拠点であるテアトル・ドゥ・ベルヴィルは津市美里町三郷にあり、カンパニーはそこからほど近い美里社会福祉センターで鋭意創作中という。津駅からバスで1時間ほどのセンターは新緑がまぶしい山が近く、巣を守るツバメの行き交いやウグイスの鳴き声が近しく感じられる場所だった。
『この物語』は地方都市の小さな映像制作会社、そのオフィスを舞台に紡がれる会話劇だ。なので折り畳み長机とパイプ椅子、持ち込んだソファとローテーブルなどを配置し、給湯スペースもある仮の事務所が稽古場にはできていた。実用的かつ現実的な仕事のための部屋。これが美術も自身で手掛け、想像力を刺激する美しい劇空間を立ち上げる鳴海の手にかかると、本番ではどんな劇空間に変貌するのか早くも妄想が膨らんでくる。
また今作は第七劇場の3人、宮崎の劇団こふく劇場の3人、島根県雲南市が拠点の西藤将人という7人の俳優による混成チームにより演じられる。それぞれの劇団で培われた表現や身体性、一人ひとりの個性がどのような化学反応を起こすかにも興味が募る。
とはいえこの日は既に、全員が台本を離した状態の通し稽古。午前中に1回、昼食休憩を挟んで午後にもう1回それぞれ全体を通し、その後、鳴海からのノート(気づいたこと、気になることをまとめたメモ的なもの)に応えて対象となる場面を改善する、という内容だという。
室内に入るや俳優陣は身体を曲げ伸ばしたり、その場で軽くジャンプしたりなど、それぞれウォーミングアップに余念がない。鳴海は記録のためのビデオカメラをセットすると、ノートパソコンで何やら確認している様子。昼食シーンから始まるため、小道具や消えもの(食べ物など)チェックも並行して行われている。「じゃあ、やってみましょうか」という鳴海の声で最初の通しが始まった。
戯曲の頭から終わりまでの約60分、芝居は淡々と淀みなく進み……とは行かず、いきなり冒頭の食事シーンで口に食べ物を詰め込み過ぎた俳優が、何を言っているのかわからなくなるトラブルが発生。通し自体は止めずに進んでいくが、他にも出入りのタイミングや言葉をやりとりするテンポ、会話のテンションが切り替わる場所など小さなノッキングはあちこちで起こる。よかった、書くことがあって。短めの戯曲とは言え、稽古開始から10日余りで完璧に仕上げられては、取材者の立つ瀬がないではないか。
キビキビと仕事をこなしつつも溢れる家族愛が隠せない県庁職員(木母千尋)、懐は深いが脇が甘い映像制作会社社長(菊原真結)、仕事と倫理観の狭間で悩む若き撮影スタッフ(三浦真樹)、年若い女性と新婚ほやほやの同社の顧客(濵沙杲宏)、社内のアレコレをこまやかに気遣う同社事務員(有村香澄)、自身を取り巻く現実の息苦しさにあえぐ撮影アルバイト(池田孝彰)、ぶっきらぼうだが腕は(おそらく)良いベテラン撮影スタッフ(西藤将人)。身近にも居そうでいながら、働くこと・生きることの普遍的な悩みや小さな喜びを体現する登場人物たちは、劇作を手掛けた劇団こふく劇場代表・永山智行のさすがの筆の冴え。話の中に登場し、人々の交わす言葉から立ち上がっていく取材対象の車いすスポーツ選手が、この国が抱える歪さに重なるところは作家の視点の鋭さゆえだろう。同時にキャラクターたちは演者それぞれのチャーミングさでカラフルに彩られ、そこに鳴海の緻密な演出が加わることで生身の存在として息づいていく。
通しの後の修正改良は、俳優同士での確認・すり合わせの後、自己申告で鳴海のチェックを仰ぐ。「悪くはないけど何か引っかかるかな」「もっと遊べる気がする」「許容範囲。でももっと良い方法があるかも」など、鳴海の言葉はその場で決めず、さらなる思考や工夫を俳優に促すものが多い。即座に微調整を加えて場面を返したり、課題にして持ち帰ったり俳優たちの対応も様々。ご観劇のお客様へ。個人的なポイントは「おにぎり」と「にらめっこ」絡みのシーンです。どんな仕上がりかは上演でお確かめください。
少し長めのヨーロッパ的昼休憩の後、二度目の通し。午前は昨日の通しより2分ほど長かったそうで、鳴海は「間を開けているところは詰めず、会話のスピードを上げることを意識して」と声をかけ、「では、はりきってどうぞ」と真顔で開始の合図をした。
見違えるように流れがスムーズになった場面、まだ噛み合わなさが残る会話、豊かで絶妙な呼吸と間。穏やかな風と野の鳥たちの唄が開け放たれた窓から時折入り込み、演技の隙間、微かな無言さえ春に染めていく。その地の自然に近しくつくられた『この物語』は、この後、宮崎、島根の土地や人に触れながらさらに熟成を進めていくに違いない。
演劇は、創作に手間暇をかける他ない。だからこそ時代の変化に左右されない豊かさを、保ち続けているのかも知れない。「三重・宮崎・島根を巡る縁結び旅」はそんな演劇の不思議を、証明する一つの手立て。各地の高校生と共に、一人でも多くの方が「証明」の目撃者になっていただけるよう祈るばかりだ。