第2回 性的マイノリティが働きやすい職場環境に向けて、企業ができる取組

お金も手間もかかるもの? 企業の取組事例から実態をみると・・・

 特に中小企業において職場における多様な性のあり方に関する取組が進まないのは、費用や業務量などの負担が大きいものだと思われているのが理由のひとつかもしれません。私が話を聞いた中にも、「トイレを工事する」「同性のパートナーがいる従業員に手当を支給する」といった高額の費用や大きな制度変更が必要なものばかりを想定し、実現できないと諦めてしまった企業がありました。
 しかし、実際の取組事例を見ると、必ずしも費用や手間がかかるものだけでなく幅広い施策が可能だとわかります。
 近年では、厚生労働省委託事業でまとめられた事例集(注1)のほか、団体や自治体がLGBTフレンドリーな企業(性的マイノリティに対して協力的で開かれた企業)を評価・認定し認定事例を公開する事業(注2)もあり、従業員数名の個人事業から全国規模の大企業まで様々な事例を読むことができるようになりました。
 

具体的に何ができる? 取組の種類

 厚労省事例集の分類(注3)に沿って、どのような取組があるのか見ていきましょう。

  1. 方針の策定・周知や推進体制づくり

     性的指向や性自認に関する差別をしない方針や、性の多様性を尊重する方針を明文化するのは、取り組みやすい施策の代表格です。就業規則で定めるほか、行動憲章や、ダイバーシティに関する宣言などの形で明文化している例もあります。抽象的な理念だけ書いても実効性が薄いと思われるかもしれませんが、明文の方針があることでトラブルが起こった際にも一貫性のある対応がしやすくなるため、実は効果を実感しやすい施策です。
     また、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)により、企業にはパワハラを行ってはならない旨の方針とパワハラにあたる言動を行った場合には厳正に対処することを定めて周知・啓発する義務が課されました。対象となるパワハラには性的指向や性自認に関するものも含まれ、性的指向や性自認に関する侮辱的な言動やアウティング(個人の性的指向や性自認について、本人の了解を得ずに他人に暴露すること)はパワハラに該当するものとして特に例示されています。

  2. 研修・周知啓発などによる理解の増進

     性的指向や性自認について研修を行う企業も増えています。
     コンプライアンス研修、ダイバーシティ&インクルージョンに関する研修、人権研修、マネジメント研修、相談対応研修などに取り入れられていますが、前述のパワハラ防止法による措置義務に基づいて、ハラスメント研修に盛り込む企業もあります。

  3. 相談体制の整備

     パワハラ防止法では、労働者からの相談に応じ適切に対応するための体制を整備することを義務付けていますが、相談対象には性的指向や性自認についてのハラスメントやアウティングももちろん含まれるため、ハラスメント相談窓口で性的指向や性自認についての相談ができることを明記する企業が増えつつあります。
     また、ハラスメントだけでなく社内制度の適用や労務管理上の配慮を求めたい場合などにも利用できる窓口を設けている例もあります。
     注意したいのは、窓口担当者のケアです。担当者は、守秘義務があるのはもちろん、相談対応の過程で関係者からのアウティングが起きないよう配慮することも求められます。原則として、本人が同意しない範囲に性的指向や性自認の情報を共有することはアウティングにあたるため、担当者が社内のだれにも共有できずに1人で秘密を抱え込まざるをえないこともあります。社外の専門家や社外相談窓口をうまく利用して、担当者の負担を減らす仕組みを作ることが大事です。

  4. 採用・雇用管理における取組

     性的マイノリティが求職時に困難を感じたりハラスメントを受ける事例は数多く報告されていて(注4)、採用選考時は特に企業の配慮が求められる場面です。取組としては、採用ポリシーに性的指向・性自認に関する差別を行わないことを定めたり、応募書類における性別欄を必要最低限にしたり、面接における対応をマニュアル化したり、といった事例があります。
     また、採用から退職までの全ての場面において、性的指向や性自認に関する個人情報を本人が望まない範囲に暴露しないよう慎重に管理する必要があります。
     なお、求職者だけでなく、インターン、派遣労働者、個人事業主などの雇用関係外の者に対しても、個人情報の漏洩やハラスメントが起こることのないよう、適切に配慮すべきです。

  5. 福利厚生における取組

     慶弔見舞金・休暇、家賃補助・社宅、家族関連手当などの家族に関する福利厚生を、戸籍や住民票上同性のパートナーやその子に対しても異性のカップルと同様に適用する企業が増えつつあります。
     また、性同一性障害で入通院する従業員について、治療と仕事の両立のための休暇制度を導入する企業も出てきました。

  6. トランスジェンダーの社員が働きやすい職場環境の整備

     トランスジェンダーは、性的マイノリティの中でも特に就労の場面で困難に直面しやすいことが分かっています。例えば、「性的マイノリティであることを理由に、職場で不快な思いをしたことや働きづらくなったことがきっかけで、転職した経験」が「ある」と回答した割合は、トランスジェンダーでない性的マイノリティが3.4~6.5%であるのに対し、トランスジェンダーでは20%を超えたという調査があります(注5)。
     トイレや更衣室の利用・健康診断・通称名や性別の取り扱い・服装などに関して性別の事情に配慮した取り扱いを受けられないことや、他の従業員のトランスジェンダーに対する理解不足が、多くのトランスジェンダーにとって働く際の壁になっているのです。
     対応にあたっては、どのような配慮があればストレスなく働けるのかは人によって違うこと、従業員に配慮するための資源も職場によって違うことに留意し、労使双方の個別の事情にできるだけ沿うことが必要です。
     なお、一見施設の工事や情報システムの入れ替えが必要と思われても、運用の工夫で対応できている事例が多くあります。

  7. 職場における支援ネットワークづくり

     社内に性的マイノリティ当事者や支援者のサークルをつくる、自治体や支援団体の行う取組に協賛・協力するなど、社内に支援者を増やし支援者を可視化する取組もあります。
     

職場における多様な性のあり方を尊重するには?  もう一度、取組の意義を考えてみる

 取り組みやすいところからあまり構えずに始めることも大切ですが、意義を認識しないまま無理して形だけ性的指向や性自認についての施策を取り入れようとすれば、制度を一つ作る、研修を一度行う、というところで終わってしまうかもしれません。
 一方、今回取り上げた事例集の取組事例を見ると、ほとんどの企業が制度整備と啓発・風土醸成の両面から取組を行っていることがわかります。また、厚労省事例集で取組の全体像が紹介された3社(注6)全てで、人手不足解消等を意識して、性的指向や性自認に限らず広く多様性を尊重する取組を行っています。
 つまり、先進事例を見ると、従業員が集まりやすく仕事に力を発揮しやすい職場をめざすために多様性尊重が有効であると認識し、その一環として性的指向や性自認に関する施策を行っているのです。そのような姿勢で取り組めば、施策に広がりが出て、多様な性のあり方を尊重する職場が形成されていくのだと思います。

 なお、三重県では、2021年4月1日から「性の多様性を認め合い、誰もが安心して暮らせる三重県づくり条例」が施行され、性的指向及び性自認を理由とする差別的取扱いやアウティングが禁止されました。この条例では、事業者も、性の多様性に関する理解を深めることや職場環境及び事業活動において必要な措置を講ずるよう努めることとされています。三重県内の企業には特に、多様な性のあり方を尊重する職場づくりのための実効性のある取組が求められているのです。

 

(注1) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング『令和元年度 厚生労働省委託事業 多様な人材が活躍できる職場環境に関する企業の事例集~性的マイノリティに関する取組事例~』2020年3月(以下、資料Aとする)

概要版リーフレットへのリンク(外部リンク)外部リンク

(注2) ・2016年~work with Pride「PRIDE指標」
    ・2017年10月~札幌市「LGBTフレンドリー指標制度」
    ・2019年1月~大阪市「大阪市LGBTリーディングカンパニー認証制度」
(注3)  資料A、P. 27
(注4)  LGBT法連合会『性的指向および性自認を理由とするわたしたちが社会で直面する困難のリスト』(第3版)2019年3月、b-1~b-25
(注5) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング『令和元年度 厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書』2020年3月、P.205
(注6) 資料A、P. 43-50