りょうがん所長のつぶやき

はじまりは、いつも花・・・から

はじまりの春、いつも花に見守られている。そんな気がする・・・。
畠山美由紀さんの「わが美しき故郷よ」 
震災で傷ついたふるさとを想い、必ず春がくるよと、歌う。
~長い冬の あの厳しい寒さを乗り越えて
 やがて巡り春が 春が来るよ 芽吹く
 緑と 空高く 翔ける夢 私の美しい 故郷よ~

春を信じて、傷ついたふるさとへ届ける歌に涙が流れる。
一歩踏み出す春、踏ん張って前をみる春。桜の花がそのスタートラインを
見送ってくれてる。それは、旅立つ子どもを見つめる母のよう・・・。
桜からツツジの花に彩られる春の風景・・・。カラフルなランドセルと黄色い帽子が眩しい
新入生の声に交ざり合う、そんな風景に彩りとほほえみをもらう。

小学生のころ、甘いものに飢えていた私はよくツツジの花の蜜をその辺のミツバチよりも
よく吸っていた。吸いまくっているとハチも時々「うちのなわばりあらさんといて!」
ってきっちりと刺すのです。そんなときは、父から教わった方法で、よく小便で消毒を
しておりました。時々、その刺された消毒済みの指を間違ってなめてみたりすると、
妙に甘かったのは、きっとあの頃の僕の尿は、ハチ蜜に負けない味がしていたんだろう
と思うのです。
なんでも口にした幼いとき。茶色の絵の具と同じチューブに入ったソフトチョコレート。
茶色の絵の具を口にして、しびれた舌をだし、悶絶したのが昨日のことのようだ。
那智黒飴に似た黒い石を口に入れたり、野の花や草の茎(ゴンパチと熊野地方では言う、
イタドリ)などは、いつも口に入れては幸せをかみしめていたような気がする。
つまり、目で見て、鼻で嗅いで、さわって、食べてみて
「あほなひろしが、なんかまた食べとる!」と言う声を聞きながら、鼻で笑い、五感で
感じる体験学習を日々していた気がするのです。
そんな日々を振り返るとき、いつもいつも何気なく咲く花々に見守られていたような
気がするのです。

春は、はじまりの季節。たくさんの想いを抱いて、踏みだす春。
通学・通勤列車が走っていく。踏切に、風をのこして走っていく。たくさんの不安や
くるしさや喜びをのせて新しいスタートラインを走っていく。通り過ぎた列車の風に
巻き起こされた桜の花がやさしく鮮やかに「がんばってね!」って見送ってくれている。
はじまりは、いつも花・・。毎年くりかえしながら、そっと空を見上げて、応援して
くれている、そんな花が、今、咲いている。はじまりのはじまり・・・
そんなつぶやきです。

           万謝 三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

梅の花咲く、旅立ちの時に

愛しいふるさとをいつも想っている。だれもが大切にしている「ふるさと」。
どんなに時がたっても故郷の風景、老いた父母、友、母校、いつもずっと想っている。
都会の鉄道の線路を見つめる・・・この線路がずっとふるさとに続いている、そう思うと
いとおしくずっと見てしまう。飛び込むのではないかと注意されるぐらい見てしまう。
どこかの町から見える海を眺める・・・。この海がふるさとにつながっている。そう想うと
あの青い故郷の海が心の中でキラキラと輝き始める。
旅立ちのとき 別れとのとき 梅の花咲く  3月・・・
卒業、退職、別れ・・この季節になると、ふるさとに別れを告げる人も多い。
「ふるさとは遠きにありておもふものそして悲しくうたふもの」室生犀星
離れることで、心から染み出るふるさとの光景。
だれもが心のカバンの中へ大切にしまってふるさとを旅立つ。
僕も高校を出てから「時」という名の風があっという間に吹き抜けていった気がする。
仲間と暗くなるまで追いかけたラグビーボール、大切な「時」の一瞬。
学校の周りのマラソンコース、どうして僕はここで走っているんだろう?なんて問いかけ
ながら汗をかいた。その向こうにあったお好み焼き屋のおばあちゃんが差し出した
ファンタグレープのうまさ。仲間の笑顔が炭酸の泡の向こうで輝いていたよ。
友、卒業写真、家族写真、ふるさとの山々、突き抜けるほどの透明な川、
すべてが愛おしい宝ものとして、キラキラと輝いている。
故郷に帰り、母校の中学校の校長をさせてもらったときに、高校の卒業式に来賓として
出席させてもらいました。
場違いな場所にいる自分に戸惑いながら、校歌をうたったときに、涙が流れた。 
涙をふくことも出来ず、母校の校歌のなかに僕はいました。
その涙は、あっという時の流れへの想いと僕たちの後に、この学び舎を旅立つ子ども
たちがいたから・・・。そして、そこに、あの頃の自分や仲間がいたから・・・。
故郷は、いつもやさしく迎えてくれる。母校はいつも励ましてくれる。
どんなに「時」の流れの中の強い風のときもそばでいてくれた。
感謝の想いとふるさとへの愛おしい想いを大切にして、残された「時」をしっかり
とらえ、風のように吹き抜けていきたい。そう思うのです。
遠くで自分を呼ぶ、母の声が聴こえる・・・。波の音と交ざって涙こぼれる自分がいる。
ふるさとは、いつもすべての人たちの心の中で、さまざまな形で輝いている・・・。
そして、見守ってくれている。
3月、旅立つみなさんに想いを伝えたい。
そんなつぶやきです。

           万謝 三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

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