りょうがん所長のつぶやき

関わりのなかで・・・生きること

今、貴乃花のことが、よくマスコミから聞こえてきます。
そんななか、父親の貴乃花のことで心温まるお話があります。
だれもが、つらいときがあり、悲しいときもある。
そんなとき、人の出会いこそ、その苦しみから救ってくれる唯一なものかもしれません。
独りではたちあがれない。ひとりでは、乗り越えられない。
そんなとき、誰かが、見つめてくれている。そんなことを教えてくれる気がするのです。

二子山親方(貴乃花)を立ち直らせたのはある小児白血病の少女だった。
植富由加ちゃんという当時9歳の女の子。貴乃花が大関になって3場所目で頚椎損傷の
重症の大怪我をする。医者からは引退を勧めらました。横綱を目指していた貴乃花は
衝撃を受けて落ち込みました。

その二子山親方(貴乃花)を立ち直らせたのはある小児白血病の少女との出会いでした。
その少女は、大の貴乃花ファン。貴乃花が勝った日は病状が良くなる、負けた日は悪く
なるという程の猛烈なファンでした。
その貴乃花が頚椎損傷で引退の危機だと聞いて、その少女の病状は悪化しました。
娘の姿を見て堪らずに母親(植富貴子さん)が貴乃花に無理を承知で手紙を書きました。
「腹痛、熱、血尿、そんな中での歩行訓練。でも、決して娘は弱音を吐きませんでした。
親の私でさえ見上げる程でした。歩こう、歩きたい。
この目で貴乃花関の相撲を見に行きたい。この手で握手がしたい。枕元の貴乃花関の
写真に向って「貴乃花さん、頑張ってください!」とお祈りしてから眠る、娘の願いを
どうか叶えてください。どうかもう一度土俵に上がってください。」
この手紙を受け取った貴乃花は、こういいました。
「私はこの手紙を読み終えてしばらく放心状態になりました。
ひとつには、最後の便箋の文面の途中に涙の跡を見たからです。
万年筆で書かれた文字が滲んで淡いセピア色になっていたからです。
いつの間にか私の目にも涙が溢れていました。私は深く心に刻みました。
軽量でしかも脊椎に故障を抱えている。真正面から行くのは絶対に不利だ。
でも逃げない。ぶちあたっていく。貴乃花の相撲はこの親子が作ってくれたんです」と。

結局、由加ちゃんは、昭和四十八年十月六日、九歳八か月で亡くなられたのですが、
『ありがとう、バイバイ』が最後の言葉でした。
手紙をうけとり、必死に生きている少女との出会いが、彼を救い、強くさせたのです。
人との関わりと出会いがいかに、大切か。 苦しいときほど、
誰かが救ってくれると思うと、今、僕たちに伝えてくれることが多いと感じるのです。

           万謝 三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

最後だとわかっていたなら・・・

17年前になります。この詩は、2001911日 アメリカ同時多発テロ事件で
1機目が激突後、救助の為最初にツインタワー内に突入した数百人のレスキュー
隊のうちの一人で、行方不明の消防士(29歳)が生前に記したものをアメリカの
サンディエゴ在住の日本人、佐川 睦さんが翻訳した詩です。
「最後だとわかっていたなら」何度も何度も 心の中でくりかえす自分がいる。

あなたが、眠りにつくのを見るのが、最後だとわかっていたら私は、もっとちゃんと
カバーをかけて神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。

あなたが、ドアを出てゆくのを見るのが最後だとわかっていたら、
私は、あなたを抱きしめてキスをして、そしてもう一度呼び寄せて、抱きしめただろう。
あなたが、喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが、最後だとわかっていたら私は、
その一部始終をビデオにとって毎日繰り返し見ただろう。

たしかにいつも明日はやってくる。
見過ごしたことも取り返せる。
やり間違えたこともやり直す機会がいつも与えられている。
「あなたを愛している」ということはいつだって言えるし、
「何か手伝おうか?」と声をかけることもいつだってできる。

でも、もし、それがわたしの勘違いで、今日で全てが終わるとしたら
私は、今日どんなに、あなたを愛しているかを伝えたい。
そしてわたしたちは忘れないようにしたい。
若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを・・・
愛する人を抱きしめるのは、今日が最後になるかもしれないことを・・・・
明日がくるのを待っているなら、今日でもいいはず。

もし、明日がこないとしたら、あなたは、きょうを後悔するだろうから
微笑みや抱擁やキスをするためのほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
忙しさを理由に、その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして、してあげられなかったのかと
だから今日、あなたの大切な人たちを、しっかりと抱きしめよう。
そして、その人を愛していること。
いつでも、いつまでも、大切な存在だということをそっと伝えよう。
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝えるときを。
そうすれば,もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろうから
「最後だとわかっていたなら」・・・

           万謝 三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)


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