りょうがん所長のつぶやき

言葉・文字は生きている

コロナウィルスが社会を大きく変えた。
人と人の距離が、どんどんはなされていく。
ただネットのなかだけは、つながっている感があり、もりあがっている気がするんです。
多くの人が、ネットという空間でつながりをもとめ、さまよっている気がしてならない。
ついついよせばよいのに、たくさんの書き込みを見てしまう。
心がくずれそうな書き込みがあったりする。
文字で人は傷つき、現実の中で生きることすら苦しくなる時もある。
多くの人たちが、ネットのなかで傷つき、メールの文字に心引き裂かれてしまいながら、
それでもつながりを求めて必死に生きている。

ここに、ある母親の心の叫びがあります。
我が子がいじめにさらされ、さらにネットのなかでも嫌がらせを
書き込まれた子どもの母親からの心の叫びです。
自分勝手な書き込み、いじめ、差別、人権侵害は、
このコロナ社会と呼ばれるなかで、進んでいる・・・。
健康・いのちを優先する中で、1人一人の人権やあったかい人のつながりが、
おきざりにされている気がしてならないのです。

【ある母親の心の叫び】
誰かが言った
「私 あの人 嫌い!」「気にいらなーい!」 
それを聞いた誰かが言った。
「あの人 嫌われているよ!」 
「あの人 気に入らない人みたいよ!」
そして クラスのみんなが 同じことをいうようになった。
「嫌われ者は死んじまえ!」
こどもは、ひとりぼっちになってしまった。 
毎日 泣いていた。 学校に行きたくなくなった。
悲しくて つらくて 本当に 死んでしまおうと思った。
わたしたち家族も一緒に泣いた。
本当は 友達とあそびたい 本当は 友達とおしゃべりしたい。 
本当は学校に行きたい。
愛する子どもの悲しみを 一緒に背負って 家族も泣いた。
言葉は 生きている。 
人の心に 深く深く 入ってくる。
あなたの口からでる言葉が 友人を傷つけたり 
悲しませたりするんです。
あなたの口からでる言葉が 人を励ましたり 
なぐさめたり 勇気づけたりするんです。

お願いがあります
どうぞ あなたの口からは 友達を大切に想う 
あたたかい言葉を 出してください!
そうすれば 生命を大切に思う 
あたたかい言葉が 歩きはじめます!

言葉は生きているんです・・・
言葉は生きているんです。

         万謝  三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん

空を飛んだ少年!!

小1の僕は、どうしても実現したいことがありました。 それは、空を飛ぶこと。
長い夏休み、「夏休みの友」をあけると「この夏にしたいこと!」そう書かれていました。
僕は速攻で「空を飛ぶこと!!」そう太い字で書きました。

僕は大切な人がいました。それは師匠とよんでいた90歳をすぎた、
建具屋のじいちゃんです。
じいちゃんは、いつも多くの子どもたちの夢をうけとめ、教えてくれていました。
今でいう、地域で子どもを育む「コミュニティー ティーチャー」でした。

「じいちゃんよ~!」「なんなら?アホみたいな顔して・・」「僕、空飛びたいよ!」
「お~おもろい!簡単じゃ!人は何でもできる!何でも、やってみなわからん!あのな、
風の強い日に、松田橋の欄干にのぼって、傘ひらいて、とべ!よう、飛べるぞ~!」
師匠は、うれしそうに、熱く語り、そのあと、なぜか屁をしました。 
師匠の言葉と、その屁の香りは、ぼくには、希望の夏であり、幸せの香りでした。

熊野は、とても台風がよく来るところです。
その夏の終わりもやっぱり、たくさんの台風が来ました。
夏休みの最後、台風がきました。僕には、空を飛べる神風だと思ってました。 
台風が過ぎた日の朝、傘をもって、橋の欄干に立ちました。
台風一過の朝は、風もなく、真っ青な空が広がっていました。
希望に輝く少年は、夏の空を見上げ、なにもためらわずに、「嗚呼アア~!」と
ターザンの声をあげ、飛びました。飛んだ瞬間、風に飛ばされ、
手には傘がありませんでした。
川は増水し、台風は過ぎたものの、茶色の濁流が音を立てて流れていました。
今もその夢をみます。流れる流木・・・にごった水・・・
「助けて!」と声をあげる自分・・・。

僕が、橋から落ちたのを見た消防団の人達が、みんなで、助けてくれました。
幸い命を落とすことなく、引き揚げられた所に父が涙を流しながら、
はだしで走ってきました。「なんで川におちたんや!なんで、川で泳いどるんや!」
小1の僕は、90過ぎた師匠に、教えてもらったということを言ったら、
師匠に迷惑をかけると思い、「父ちゃん、空飛びたかったんや!」そう言いました。
すると、父は、「お前、誰かにおしえてもろたやろ!」「・・・」
「俺は知っとる!建具屋の爺さんに教えてもろたやろ!」
ずばり、言われて、僕は心臓が止まるかと思いながらもこう言ってしまいました。
「父ちゃん!なんでしっとるん?」と・・バレた・・・。
父は、にやりと笑い、こう言いました。「俺も小さい時、あのじいちゃんに同じこと教えてもろとるんや・・」
僕は、気を失うところでした。そして、父は、まじめな顔して、僕に言いました。
「こら、ひろし!よう聞け!空は飛べる!父ちゃんの傘2本かしたる!明日から毎日飛べ!
でも、死んだらあかんから、ミカン畑の段々畑で飛べ!」
僕は、毎日、それから父の大きな傘を、いっぱいにひろげて、ミカン畑で飛びました。
すると、強い風が吹いたとき、空に舞い上がったのです。
僕は、大声をあげて叫びました。「飛んだど~!!とべたぞぉ~!!」
夏休みの作文は、「飛んだど!僕」でした。
地方紙の作文コンクールで見事、優秀賞に輝きました。

そして、それから2か月ほどたった秋、建具屋のじいちゃんは、独りで、天の空へ飛んでいきました。
葬式の時、ふとじいちゃんの屁の香りがしました。幸せの香りです。
きっと、じいちゃんは、屁の力も借りて、大きい傘さして、とおい天国へ飛んで行ったんだと僕は今も、想っています。
「やればできる!!やらずにあきらめたらあかん!」じいちゃんの名言が今も想いうかぶ、この夏なのです・・・。


         万謝  三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん

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