りょうがん所長のつぶやき

仕事への想い

NHKの朝のドラマ「ひよっこ」を時々みて、泣いたり、ほほえんだり。
ドラマを見れば見るほど、仕事に対する熱い想いと、日本をここまで作り上げてきて
くれた人たちへの感謝の思いがわいてくるのです。そして、みんながつながっていて
独りぼっちではないのです。
今あるこの国は、熱い想いの中で、平和に、そして、真面目に仕事をしてくれた方々の
おかげであり、ひとりにさせない社会の力がそこにある!そう思うのです。 
仕事への想いを綴った感動したある話があります。今回はこの話を載せて、背筋を伸ばし
て、独りにさせない、学びとは・・そう考えながらがんばろうと思うのです。             

ある銀行が初めてコンピュータ導入に取り組んだ時のお話です。
まだ大型コンピューが必要な時代でした。試練は突如として訪れました。
いよいよ明日から本格稼働という正念場で、コンピュータが止まってしまったのです。
すぐさま委託先のコンピュータ会社から技術者が駆けつけ、復旧作業が始まりましたが、
徹夜の作業もむなしく、コンピュータは頑として動きませんでした。
翌朝、銀行の役員が怒鳴り散らしました。コンピュータ会社は平謝りするしかありません。
「本当に申し訳ありません。原因がわからないのです」役員は冷たく言い放ちました。
「もういい!帰れ。私は、はじめからコンピュータなど信用していなかったんだ。
この責任はきっちりとってもらうからな!」
コンピュータ会社の技術者は皆、すごすごと引き上げました。しかし、一人の若者だけが、
何度「帰れ」と言われても立ち去ろうとしませんでした。
一途な面もちで修理を続ける彼の背中に役員の罵声が響きました。
「放っておけ!」  
その日、銀行は顧客からの苦情対応に明け暮れました。夕方、役員はふとコンピュータ
会社の若者のことを思い出しました。何となく気になり、コンピュータルームを覗くと、
若者は大きなコンピュータを抱きかかえて、叫んでいました。
「動いてくれ!動いてくれ!」 彼の瞳からは涙があふれていました。
役員は、冷ややかに思いました。「あいつは馬鹿か!泣き叫んで、機械が動くものか」
激動の一日が終わり、ようやく帰れるようになった時、役員はまたあの若者のことを
思い出し、コンピュータルームを覗きました。もう真夜中だというのに、若者は歯を
食いしばり、涙を流しながら修理を続けていました。確か、昨日も徹夜作業のはずでした。
後日、コンピュータ会社と銀行の間で、事態収拾のための話し合いが行われました。
「責任はすべて私どもにあります」深々と頭を垂れるコンピュータ会社の社長に、
銀行の役員は言いました。
「もちろんだ。しかし、今後ともあなたの会社にぜひとも協力してもらいたい。他の
会社に頼むつもりはない」「あ・・ありがとうございます。それにしても、これほど
大きな問題を起こしたにもかかわらず、どうして私どもに・・・」「私は、あなたの
会社の若い社員から、仕事に取り組む姿勢を教えてもらった」「は・・・?」
「私は感動した。企業の最高の商品は、社員の働く姿だ。私はおたくの若い社員の
真剣な姿を見て、自分が恥ずかしくなった。今は、心から感謝している。あなたの
会社は、本当に素晴らしい会社だ。これからもよろしく頼む!」
その後、両社が力を合わせ、コンピュータ導入に成功したことは言うまでもありません。
                
             三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

夕焼け

何気ない日常のなかの、そっとそばにいるものが、その人にとってかけがえのない一瞬で
ある。そう思うのです。父が逝った空は真っ赤な夕焼けでした。国道に見え隠れする海の
輝きが眩しくて、涙もふけず時をすごしました。何気ない風景がその人の受けとめ方に
よって大切な一瞬になる、そう思うのです。
そっとそばにいるものに、どう気づくことができるのだろうか。
それは、人であったり、猫であったり、いつもみている山々だったり・・・
気づくことできたらどんなに感謝できるか、そう思うのです。
下の文章は「夕焼け」と母がかさなる文章です。大切なものは、ずっと、そっと、
何気なくそばにいる気がする。

                  『夕焼け』
保育園の時です。ちょっと貧乏だった私の家は、共働きでした。保育園は3時に終わるの
ですが、親が仕事などで迎えに来れない子は保育園が延長保育で見てくれていました。
私を含め、10人くらいいました。みんなで運動場でゲームをやったり、遊具に乗ったり
して、迎えが来るまで過ごすのですが、夕方になるにつれ、だんだん迎えがきて最後は
私と2人の先生だけになりました。私は子供心に「私だけまだ居て、先生に悪いなぁー」
とか「もう、母さん、こないのかなぁ」とか、考えてました。
なんだか寂しくなってきたころ、ふと外を見ると「ヨシーっ!ヨ~~~~~シっ!」
夕焼けで真っ赤に染まった道路の向こうから、 母が自転車に乗ってやってきました。
私の名を必死に呼んでいます。あの時の母の呼び声と、夕焼けの赤さと、先生の優し
い顔が脳裏に焼き付いてます。その光景を思い出すと、なんだか涙ぐんでしまいます。
ただの日常的な光景なのに・・・。ただただ涙がながれ、母をそばに感じるのです。

             三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

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