りょうがん所長のつぶやき

ひなまつりのお話から想う

明和町でおはなしをさせてもらった時の話です。講演が終わると、ある女性が話しかけて
きてくれました。
「りょうがんさんの話を聞いて、自分の幼い時を思い出しました。」というのです。
「貧乏やったけど、しあわせやったわ。」そういうのです。この方は、母と3姉妹で
暮らしていたそうです。貧乏で、その日のたべるものさえない毎日を過ごしていた
そんな時に、金持ちの友達の「ひなまつり」のパーティーに誘われたそうです。
友達の家は裕福で、3姉妹で呼ばれていくと何段ものひな飾りとおいしいケーキが
あって、それはそれは、見たことのないものばかりだったそうです。
友達の家からの帰り道、3姉妹で口々に、貧乏なこと、いなくなったお父ちゃんのこと、
愚痴を言いながら家に帰ったそうです。家は、暗くて母もいないようだったので、口々に
「うちらもあんな家に生まれたかったわ!」「ほんまや、貧乏な家に生まれてきて
嫌やなあ!」「いっぱいひな人形が買える家に生まれたかったわ!」
そんなことを3人で話をしていた時、台所で物音がしたので、びっくりして、
そこに行くと、母が、うずくまって子どもの話を聞いて、すすり泣いていたそうです。
「おかあちゃんごめんね!」何度も3人は母にあやまりました。
すると、母親が3人をひとつに抱きしめ、泣きながらこう言ったそうです。
「私には、だれにも負けんお雛様がおる。それはあんたらや!あんたらが、元気で
おかあちゃんといてくれることが、一番幸せなんや!あんたらがいたら、
おかあちゃんはなにもいらんし、貧乏でもへっちゃらや!」と・・・。
3人は、母に抱かれながら、泣きながらもとっても幸せな気持ちになったと
言うのです。そして、母親が「私がひな人形をつくったる!」
そういって新聞紙、広告紙を集め、折り紙でひな人形を折ってくれたというのです。
そして「あかりをつけましょ、ぼんぼりに♪」と歌を歌いながら3人も折り紙をおり、
いっぱい穴があいていた襖にご飯粒をつぶして貼ってくれたそうです。
あっという間に、その襖は何段ものひな飾りとなり、また、母が一人一人を
抱きしめながら「何もないけど、しあわせや。つらい想いをさせてごめんな。
貧乏でごめんな!」そう言ってくれたそうです。
「なにもなかったけど、そばで母がいる。ずっと一人ひとりを信じて見守って
くれている。そう思うと、本当に幸せでした。私は、ひな祭りの日が近づくと
母を思い出します。幸せなあの時を思い出すのです。」
そう涙をこぼしながら、僕に伝えてくれた女性は、振り返りながら幸せをかみしめて
いるように僕には、見えました。
「幸せってなんだろう」そう心の中でつぶやいたとき、5月に逝った父の顔が浮かんだ。
こんな年になっても、頭をやさしくなでてくれて微笑む父の顔がそこにあった。
ずっとひとりじゃないんだ・・・それってしあわせなんだよね。そう思うとなんだか
あったかくなる自分がそこにいた。

             三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

仕事への想い

NHKの朝のドラマ「ひよっこ」を時々みて、泣いたり、ほほえんだり。
ドラマを見れば見るほど、仕事に対する熱い想いと、日本をここまで作り上げてきて
くれた人たちへの感謝の思いがわいてくるのです。そして、みんながつながっていて
独りぼっちではないのです。
今あるこの国は、熱い想いの中で、平和に、そして、真面目に仕事をしてくれた方々の
おかげであり、ひとりにさせない社会の力がそこにある!そう思うのです。 
仕事への想いを綴った感動したある話があります。今回はこの話を載せて、背筋を伸ばし
て、独りにさせない、学びとは・・そう考えながらがんばろうと思うのです。             

ある銀行が初めてコンピュータ導入に取り組んだ時のお話です。
まだ大型コンピューが必要な時代でした。試練は突如として訪れました。
いよいよ明日から本格稼働という正念場で、コンピュータが止まってしまったのです。
すぐさま委託先のコンピュータ会社から技術者が駆けつけ、復旧作業が始まりましたが、
徹夜の作業もむなしく、コンピュータは頑として動きませんでした。
翌朝、銀行の役員が怒鳴り散らしました。コンピュータ会社は平謝りするしかありません。
「本当に申し訳ありません。原因がわからないのです」役員は冷たく言い放ちました。
「もういい!帰れ。私は、はじめからコンピュータなど信用していなかったんだ。
この責任はきっちりとってもらうからな!」
コンピュータ会社の技術者は皆、すごすごと引き上げました。しかし、一人の若者だけが、
何度「帰れ」と言われても立ち去ろうとしませんでした。
一途な面もちで修理を続ける彼の背中に役員の罵声が響きました。
「放っておけ!」  
その日、銀行は顧客からの苦情対応に明け暮れました。夕方、役員はふとコンピュータ
会社の若者のことを思い出しました。何となく気になり、コンピュータルームを覗くと、
若者は大きなコンピュータを抱きかかえて、叫んでいました。
「動いてくれ!動いてくれ!」 彼の瞳からは涙があふれていました。
役員は、冷ややかに思いました。「あいつは馬鹿か!泣き叫んで、機械が動くものか」
激動の一日が終わり、ようやく帰れるようになった時、役員はまたあの若者のことを
思い出し、コンピュータルームを覗きました。もう真夜中だというのに、若者は歯を
食いしばり、涙を流しながら修理を続けていました。確か、昨日も徹夜作業のはずでした。
後日、コンピュータ会社と銀行の間で、事態収拾のための話し合いが行われました。
「責任はすべて私どもにあります」深々と頭を垂れるコンピュータ会社の社長に、
銀行の役員は言いました。
「もちろんだ。しかし、今後ともあなたの会社にぜひとも協力してもらいたい。他の
会社に頼むつもりはない」「あ・・ありがとうございます。それにしても、これほど
大きな問題を起こしたにもかかわらず、どうして私どもに・・・」「私は、あなたの
会社の若い社員から、仕事に取り組む姿勢を教えてもらった」「は・・・?」
「私は感動した。企業の最高の商品は、社員の働く姿だ。私はおたくの若い社員の
真剣な姿を見て、自分が恥ずかしくなった。今は、心から感謝している。あなたの
会社は、本当に素晴らしい会社だ。これからもよろしく頼む!」
その後、両社が力を合わせ、コンピュータ導入に成功したことは言うまでもありません。
                
             三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん(洋)

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