りょうがん所長のつぶやき

日本一短い手紙コンクールから想う

1月に待ちに待ったコンクールの発表がありました。福井県の丸岡城のあるすてきな
町。ここにギターを抱えてお邪魔したときに、町のみなさんが「りょうがんさん!
うちには、自慢できるコンクールがあるぞぉーん!」といわれて以来、ずっとファン
になって楽しみにしているものです。
短い文の中から、人の温かさがつたわり、忘れかけている手紙のもつ力に再度きづか
されるのです。短く、そして、あたたかく、僕にはこんな文章はかけないよなあ・・
そう自問自答しながら、春の日にほっこりとさせてもらうのです。
  「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
日本一古い天守閣をもつ丸岡城に、この手紙文が刻まれた石碑があります。徳川家康
の家臣、本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てたこの手紙には、家を守り、家族を愛
し、忠義を尽くす思いが短い文の中に簡潔に込められています。お仙とは後の丸岡
城主、本多成重のことです。
一筆啓上賞は日本で一番古い丸岡城に日本一短い手紙文があることを全国に知っても
らうとともに、活字やメールでは伝わらない本物の手紙文化の復権を目指すという
目的で、全国初の手紙のコンクールとして平成五年(1993)に始まりました。
今年のテーマは「ごめんなさい」短い手紙からあたたかいものが伝わってきます。
応募総数44,348通から大賞に選ばれたものです。
ほっこりできることを願って紹介します♪♪

              三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん

第24回一筆啓上賞 日本一短い手紙「ごめんなさい」 大賞
「やさしかったお父さんへ」
 臨終の床、涙のごめんなさい に一瞬甦って私を見つめたね。
 無言の許しだったと信じます。           
               兵庫県 久保みつよ 62歳
「お母さんへ」
 お母さん、ごめんなさい。 実は私 一番好きなのは、ばあちゃんなの。
               福井県 上杉 千里  9歳 
「旦那へ」
 貴方をおどろかせようと コツコツ貯めたへそくり 
 貯まりすぎて 一生言えない ごめんなさい     
               東京都 高下 由紀子 50歳
「ママへ」
 「ごめん」って ぼくの口は あかないんだ 
 口に力が入って。手に力を入れて書くよ。ごめん   
               千葉県 佐藤 蓮   7歳 
「家族のみんなへ」
 いつも わがままで ごめんなさい。 でも、本当の自分は もっと わがまま
               福井県 大井 美羽   8歳 

災害の国で生きるということ

先月1月17日。阪神・淡路大震災から22年。あれからも多くの災害が、
僕たちの国を飲み込んだ。そして、悲しみのなかから、僕たちは、必死に
生きてきた。僕が石巻のまちにたったとき、東日本大震災の爪痕を見て、
動くことができなかった。その中で灯りがなくなった暗闇の瓦礫の上にたち、
一人の老人が、空を見上げ、「こんなに綺麗なんだな、わしらの国から見える
星は・・・これからもこの星を見ながら、立ち上がるさ・・」
そういって、凛として、夜空を見上げていた姿が忘れられない。
暗闇の中にも希望の輝きを見つめる心、想い。どんなに時間が経っても、
あのときのあの老人の姿を僕は忘れることができません。

今も、行方不明の方もいます。今も、家族ばらばらに暮らさなければならない
人がいます。でも、必死に輝きを求めて、立ち上がる人もいます。僕たちは
そのことを忘れてはいけないのと、自分の今の幸せをもっと感じなければ…
そう思うのです。
 ここに一人の少年のお話を紹介します。22年前の冬の寒さきびしかった時のこと。

  被災したとき、ぼくはまだ中学生でした。
  全壊した家で、たまたま通りに近い部屋で寝てたので、
  腕の骨折だけで自力脱出できました。
  奥の部屋で寝ていたオカンと妹は、だめでした。
  なんとかしようにも、あたりも真っ暗、
  ぼくも怪我していて手作業ではどうしようもなく、
  明るくなってからようやく近所の人に手伝ってもらって
  瓦礫をどけながら、必死で掘り返しました。
  でもどうしようもなかったです。
  半日以上たってから、自衛隊の人を見かけて夢中で助けを呼びました。
  数時間以上かけたと思います、自衛隊の皆さんは瓦礫の中から
  母と妹を救助してくださいました。
  残念ながら母も妹は、すでに亡くなっていました。
  その後、家は火災で焼け落ちました。
  あの時、自衛隊の皆さんが来てくださらなかったら、
  妹の遺骨を焼け跡から拾うことになったのかも知れません。
  ボロボロになった妹の体を引きずり出して、
  「ごめんなぁ」とつぶやいた自衛隊の方の顔を、ぼくは一生忘れません。
  手を合わせてくれた方々の顔を、ぼくは絶対に忘れません。
  その横で泣き崩れた僕を だきしめてくれたこと 忘れません。
  忘れません。 忘れることができません。

梅のつぼみがほころび、春がそこにきています。希望の春がくるよ・・
そう想いながら春を待つ木々を見上げたとき、あのときの老人の姿を
思い出しました。希望のつぼみが、ホラ、ふくらんでるよ。
そんな声が聞こえる。


            三重県生涯学習センター 所長 長島りょうがん

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